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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

思想をアウトプットする怖さと向き合う

心で感じたことをそのまま口にすると喧嘩になる

私は友達が少ないです。かつて仲の良かった人達とも既に疎遠であり、最近では一人で行動することにも慣れてしまいました。しかし友達が居ればと定期的に思う反面、友達が多ければ良いのかと訊かれればそうでもなかったりします。人付き合いが苦手かと問われればそんなこともありません。

どちらかと言えば自己中心的なので相性の合う人が中々現れません。これは客観的に自分を観察しただけで、周りから見れば違うのかも知れないけれど、これまでの経験則から感じることであり、これから先も気をつけなければいけないなと思う次第です。

人付き合いにおいて多少の犠牲は生まれる

犠牲とは言葉です。私が自分の思想をブログに書き殴るというのはとても怖いことだと感じます。たった数行でも思っていることを書くだけでも「大丈夫だろうか?」と読み直しては消し、読み返しては直しを繰り返す始末です。

ハタから見ればどうということはなく、自意識過剰だと笑われるでしょう。そんなことも頭で考えるのでもうごちゃごちゃです。単に思ったことを口にすると微妙な空気になることが経験としてあり、それ故に考えて発言するということを一番に気をつけています。

思っていることとは裏腹に傷をつけてしまう

頭で考えて冷静ではあるが、相手にとって相応しくない発言をすることがあり、仲良くなった人に対しては特にそういう傾向があります。これは大抵「言っても大丈夫だろう」という思慮の甘さが引き金となるのです。

勝手に仲が良いと勘違いしていただけなのか、私の発言がいけなかったのか、それとも単に嫌われていただけなのか、そういう「微妙な空気」のあとは決まって疎遠になりがちです。相手が引いたのか、自分が遠慮するのかその先がない為に答えはわかりません。なにかきっかけがあれば修復出来ると思うのですが、一旦自重してしまうと中々どうして元に戻ることができません。

相手をしっかり見据え、言葉を選ぶ

顔色を伺い、思ったことは口にせず、当たり障りのない内容を話していては友達なんて出来ません。わかってはいるものの、歳をとるにつれて遂には喋ることすら億劫になり、どちらかと言えば無口で事務的になりました。

「そうだ、話さなければいい」なんて拗らせてるわけじゃないのです。必要な時に必要なとだけを話すようにしていれば問題は少ないという経験からです。愚か者は経験から学ぶと言いますが、愚か者になりかけているので治したいところです。

友達が出来ないというのは友達を作ろうとしないことが原因だというのも頷けます。傷つくのが怖い。だけどその考えは非常に浅はかであると気付いています。

誰かに好かれる為に生きているわけじゃない

結論から言えば何事も好きにすればいいのです。他人の顔色を伺って生きる人生なんてつまらないでしょう。ブログに関しては思ったことを書けばいいし、それに対する意見があれば謹んでお受けするべきです。

文章を読んでそれに対するコメントまで頂けるなんて普通はそこまでしないのです。私の場合、見ず知らずの方にコメントするのは少し気が引けるという理由もあります。ネットリテラシーやモラルの低下で心無い言葉に涙を流すときもあるでしょう。それでもその言葉は実際に目の前にして言われることなど稀でしょう。気にすることはありません。

他人は自分が思っているほど自分に興味はない

そう言ってしまえば他人に対する気持ちも軽くなる気がします。とことん受け身になるのはよくありませんが、自分を守る為には必要な行為です。ただし攻めなければ私を私として認めてくれる人は現れないでしょう。

怖さと向き合い、自分の意見をしっかり述べた上で友達になってくれる人を探したいと考えています。ブログというツールはこれに適切だと思っています。普通に出会って喋るだけで相手の全てがわかるとは限りません。ブログは心の奥底まで見えることがあります。私も嘘偽りなく書いていけたらと思います。