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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

カタリゴトを書いているから私はブログを続けられている

カタリゴトってなに?

自叙伝として私が経験したことをノンフィクションに拘って掲載している読み物です。完全に自己満足のカテゴリであり、このブログを運営する楽しみでもあります。

ブログ運営は難しい

甘くはありません。私は記事を毎日投稿することを目標にしています。初めて投稿したあと、次の投稿をする為に「ネタ」を探しました。私の中でブログ運営と言えば誰かの役に立つ記事を書いてこそ存在意義があると思っていました。「ブログを始めよう!」と思い立った時には確かにそういう方向性で決起したはずでした。いざ初めて見るとわかります。1つや2つはそれらしい記事が書けるでしょう。でも直ぐに己の限界に気づくはずです。

ネタを探して書くから簡単?

とんでもありません。そのネタに対して深く知識があるかどうしても物申したいという熱いパトスがなければ不可能です。自分が感じた感想を一行二行書けば良いと思うのならブログではなくSNSで留めておいて下さい。その方が誰かに共感を持たれやすいはずです。短く綺麗に纏まっているほど目に止まって読んで頂ける可能性も高く、拡散がなければ不特定多数ではなく身内の中で完結するでしょう。そこで議論を交わすのもまた一興です。

ブログを運営に「長文」はつきもの

長文で当たり前なのです。文字数にすれば最低でも2000文字。それ以下でも良いと思うかもしれませんが、もしも自分のブログを「誰かに見てもらいたい」と感じるのであれば1記事辺り2000字は目指してください。記事にある見出しが検索エンジンへのキーワードになり、タイトルが検索をした人の目に飛び込むキャッチフレーズとなります。興味を持ってブログにアクセスしてきた方に1行2行の感想程度で直ぐに読み終わるような内容であれば去って行ってしまうでしょう。これがどういうことになるかと言えばSEOに影響します。ブログへの滞在時間が伸ばせなければ「価値の無いページ」と判断され、いずれは誰にも読まれることなく広大なインターネットの世界で埃を被ることになります。ブロガーは検索者の興味のある内容で必死に文字数を稼ぎ、あの手この手で滞在時間を伸ばそうとします。それも読まれるような面白い内容でなければなりません。興味がなければいくら文字数を増しても意味がないのです。

次第にブログはつまらないと感じるように

「やるぞ!」とブログを始めた人の多くは三ヶ月も立たずに去っていきます。これは「アクセス数」にどうしても目がいってしまい「私の記事は誰にも読まれない。価値の無いものだ」とネガティブになり、運営に対する意気込みが減ってしまう為です。モチベーションが上がらなければ物事は続きません。ブログは忍耐が求められます。Twitterなどで呟き「いいね!」を押してもらえることに喜びを感じる方は不向きと言えます。ブログは今の時代において、廃れつつある文化です。昔ほど活発ではありません。ブログを読んで欲しいと思うのであれば検索エンジンに嫌われないよう気をつける必要があります。その検索エンジンの上位に表示されるページは非常に役に立つものばかりです。私のような凡人が一生懸命に書いたところで手に入れられる場所ではないことに気づきます。

そもそも興味のある内容があまりない

私は多感な時期をとうに過ぎ、興味のあるものがとても少ない人間となりました。どちらかと言えば自分にとって必要なものしか吸収しなくなり、それすらも受動的なものへと変化してしまいました。こんな状態で「ネタ」を探して記事を作り、投稿が続けられるでしょうか?頑張って書いた記事が誰にも読まれないのはなんとも虚しいものです。飽きてしまうことは目に見えていました。

誰にも読まれなくていい

この精神が大切です。めげないメンタリティは必要ありません。めげていいのです。散々落ち込んでこういうものだとブログを見つめ直してみましょう。そのブログは誰のためでもなくあなたのためのものです。このブログは私だけのブログなのです。自分のことを書いて下さい。それと並行して役に立つ記事作りの「練習」も行えばいいのです。ブログはとにかく続けることが大切です。続ける為に手段を選んではいられませんでした。

続ける為には書くしかない

昔から文字を書くのが好きでした。今でも好きです。何が楽しいかと問われればわかりませんが、無性に書きたくなるのです。ただし正しい形で書けているのかと問われれば悲しくなります。文章の正しい書き方を勉強したことはありませんし、このブログでも好きなように書き綴っています。面白く書き誰でも楽しめるようにすることは出来ません。完全に私の能力不足です。ただ考えて書くようになってしまえば私は文字を打ち込めなくなるでしょう。単純につまらないのです。

考えて書くのをやめる

楽しいものがつまらなくなる理由は「思考」してしまうことにあると思っています。あれこれ試行錯誤して向上していくかは本人の気持ち次第です。文字を打ち込み物語を書き、もっと良くしたいと感じた時にも「思考」を始めるでしょう。ただしそれは努力としての「思考」ではなく夢中が故の「思考」です。必要に感じた段階で取り入れていき、気づいたら身についているものです。初めからあれこれ考えて書くのは性に合いません。だから「ネタ」を探してテンプレートのように書き綴り、上手く纏めて誰かのためになる記事にするというのは無理だと断言出来ます。

究極の自己満足こそブログの真髄

私が書いて楽しいこと、読み返して役に立つことを書こうと決めました。メインコンテンツとして据えた「カタリゴト」はまさに自己満足の権化です。自分の過去をしっかり綴ることを目標に書き方も勉強していければと思います。自叙伝という題材はとてつもなくつまらない題材です。書き手の能力が問われるからこそ、やりがいも生まれます。誰に読まれるものでもないのであれば好きなように書いてみて、一人で楽しむことに集中したいのです。書いている合間を使って「カタリゴト」とは別に「誰かの役に立ちそうな記事」を書けば良いと心に余裕を持たせました。1日で終わるかに見えたブログ運営も今の私には終わりがないもののように見えて来ました。

事実と事実を繋ぐノンフィクション

「カタリゴト」を通じて観察力と洞察力を鍛えています。これがなければただ自分史を時系列に羅列しただけになってしまいます。1つの過去を思い出すたびに「そういえばあんなこともあったな」と合間の出来事を思い出します。その事実を繋げる為に更に記憶を探ります。もっともっと深く掘り下げ、些細なことも掬いあげてはそのときどきの事実に肉付けをしています。こうすることで現在自分の周りで起こっていること、感じていることはより鮮明に書くことが出来るでしょう。肉付けも容易に出来ます。それは必ず記事作りに活きてくるはずだと確信しています。

文字を書く練習と記事を作る練習をひたすら行う中で誰かに読まれる記事が生まれればいい

全ては副産物です。あくまでメインコンテンツは「カタリゴト」としています。これが逆であればブログ運営は難しいでしょう。「カタリゴト」を書いて投稿する必要も見当たりません。自己満足がないのですから、律儀なボランティア精神で読まれるかどうかもわからないものに精を出すほど私はたくましくありません。あなたも見つけてください。きっとあるはずです。あなただけの「カタリゴト」が。