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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

ブログで煮詰まったらすぐに方向転換をしよう

自分のやりたいこととは別の方向に進む

「当初の目論見とは何だったのか?」とふと冷静になった時に「やりたいことが出来てない」ということに気づきました。最初こそ「よし!」と意気込んで始めたものの、楽しくなってやるうちに「あれもしようこれもしよう」と欲が出て、最終的には収集がつかなくなりました。

初の「シリーズ物」に挑戦して挫折

HTMLとCSSを勉強してオリジナルテーマを作成しようと考えました。現在も誠意製作中であります。せっかく作るのだからブログに残していこうかな?と思い立ちました。私の数少ないブログのネタにもなるし、何より楽しいからでした。どうせなら最初から始めることだし、誰にでもわかるように説明していけたら良いのではないかと「シリーズ物」に挑戦しました。

「誰かのために」というのは純粋に楽しくない

本気でボランティア精神に溢れた気持ちから「誰かのために」と記事を書いている方を私は尊敬します。私には無理でした。例えばPV数がそこそこあって見る方が確実に居るというのであれば私でも出来るでしょう。「真似事」を始めても環境が違うので「楽しくない」という結論に至った次第です。

書いているうちに「私は一体何をしているのだ?」とプルプルと震え、目を見開きハタと気付くのです「あ、つまらない」と。

自分のためにやっていこう

「こういうことしたよ」という報告で書くのが性に合っています。大層な目標を掲げて人様に物を教えるという身の丈に合わない行為をしようとするからいけないのです。自分が好きでその「カテゴライズ」の記事を書いていればおのずと数は増えるはずです。そのまばらに散っている記事を「シリーズ」として別ページで纏める方が良いのではないでしょうか。

「結果として」が一番美しい

最初から肩肘張って作っても「ヒット」がなければ寂しいものです。徐々に事務的になっていくことでしょう。完全に自己満足で作ったものが意外とウケたりするものです。私も自己満足でそれこそ「メモ」程度で記事を作ろうと思います。それくらい緩くやる方が煮詰まらずに続けられるコツだと知りました。あとからどうしても気になる部分を「まとめのまとめ」として補足や解説を交えながら「バージョンアップ版」をリリースすれば良いのです。単に過去記事を改変してより良いものにするのも良いと思います。

狙って作れるものではない

狙って作れる人はそのジャンルで成功している人だけです。ニヤリと笑って「計画通り」というのは私のような一般人には到底無理なことでした。定めた標準を一度外してみましょう。思った通り最後まで出来たとしたら達成感も相まって相当な満足感を得られるでしょう。それがコケた時の絶望もひとしおですから狙うのはハナから諦めて「数打ちゃ当たる」方式で楽しくバンバンしましょう。

これからどうするかを考える

既にアップロードしてしまった記事に若干の修正を加えながら更新しようと思います。「シリーズ物」から「個別記事」に分解してリリースし直そうと思います。シリーズ物でなくなると個別記事の薄さが目立ってしまいますので大幅な修正が必要な記事もあります。それでも煮詰まってしまうよりマシです。意固地になって続けても仕方ありませんよね。

自分が見て楽しくないものは誰が見ても楽しくない

最初の頃は力を入れて書いていたつもりがシリーズを重ねて「マンネリ」していくのを実感していました。「これ誰か見てて楽しいのか?」と小さく芽生えた疑問は日毎に大きくなり、終いには「やめたい!」と思うようになりました。いけませんね。無理にやろうとするよりも自分が楽しめる方向へ修正していくことが大切です。

目標を達成する為に投げ出すのは悪いことではない

一人で悶々と「どうしよう」と悩むより「誰も見ていない」のだからさっさと変えてしまえばよかったのです。「始めたことを途中で投げ出すのは良くない」と堅気なことを言わず「目標」を達成するための方向転換だと割り切って次に進むべきです。私の目標とは「オリジナルテーマ」の作成であり「カスタマイズ」した内容をブログに残すことであって「オリジナルテーマの作り方」を1からシリーズ化して「完成」までを記録することではなかったのです。

最初から綺麗な線は引けない

シリーズ化することで順序良く理解して貰えると思っていましたが、綺麗な線を引こうとすれば本筋とは関係のない予備知識や解説が必要だと気付きます。ウンザリしてしまいました。肝心のテーマはいつになったら作れるのか?書きたかった記事はいつになれば書けるのか?そういう気持ちは「ゴミ記事」を量産することになります。読者にとっても私にとってもよくありませんね。「必要な項目」を「点」で置いていき、最後に「線」で結ぶだけでも十分だと思います。未完成こそ美しいのです。

完成しないからこそ人は動かされる

完成図が見えているとそこに向かって進むだけの作業になります。最終的にどうなるかなんて誰にもわからないからこそ私は燃えます。「やれるだけやってみる」で良いのです。楽しくて進むうちに当初思い描いていた予想図はいつの間にかどこかへいっているものです。方向性を失って珍妙なものになってしまったとしても、間違いなく自分が作り上げた作品です。それを誇るもよいでしょう。よりよくしようとするもよいでしょう。そうやって人は成長していけるのです。

とりあえず明日から頑張る

ダメな人が言いそうなイメージがありますが私は好きです。そんな緩い感じがあっています。本当にダメなのは「明日」またこの言葉を口にする人でしょう。明日は記事を全て編集し直します。