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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

ゲームの上手い人は頭が良い

これはジャンルにもよりますし、本人の興味関心や環境によるところも大きく一概には言えません。私だけが感じていることかも知れませんが、ゲームの上手い人は頭が良いと思う人が多いように思います。この場合の頭の良い悪いはお勉強が出来る出来ないの話ではなく広い意味で頭が良いなという漠然としたものです。

そもそもゲームを始めるという行動力

頭が堅い人は「ゲーム」から連想するネガティブな固定観念に縛られているはずです。目が悪くなるから始まり時間の無駄であることを述べ、何の役にも立たないことを結論とします。確かに言うことはあっていますし、間違ってはいません。ただ短絡的だと捉えてもいいのではないでしょうか。ゲームをする側であれしない側であれ持ち出す理由や根拠にもっともらしい答えをくっ付けることは可能です。ゲームについて不毛な争いをしている人を端から見て、残念ながら頭が堅いと言わざるを得ません。

そうではなく「何かを目的として始める」ことが頭の良い人の特徴で、目的といっても単に「やってみたい」程度で難しく考えたりはしていません。何事も挑戦するという姿勢があります。

トライアンドエラーがもたらすもの

難しいゲームだと途中で諦めてしまう人が多く、理由を付けては中途半端に終わります。そこまで覚えたゲームのことを投げ出すのは実に勿体ないと感じます。上手い下手を明確に分けるのはこのトライアンドエラーから来るのではないかと感じています。

頭が良いと感じる人は出来ないから辞めるのではなく出来ないからやるという根源的な理由から様々な挑戦を始めます。現在ゲーム内でやれる選択肢とそれまで得た知識から応用を始め最善の結果になるまでトライアンドエラーを一通り試し、次回以降は発想を転換して新たな作戦を立てたりする柔軟性と目的を達成する為に効率化を図るなど戦略性の高さが伺えます。

ゲームだからこそ現実世界では中々経験することができない特有のものがあります。経験という点を挙げればゲームを毛嫌いしている人よりもゲームを一通り経験している人の方が説得力もあります。多角的な視点が得られるという面からもゲームをやるという選択肢は間違っていないでしょう。

技術的な面を頭で補う

ゲームにスポーツ性が求められる場合に頭の良い人は後ろに回ることが多いです。私はガンガン攻めるタイプですのでどちらかといえば「脳筋タイプ」です。数打ちゃ当たる方式で経験に物を言わせて叩きまくります。プレイ時間に比例して伸びた技術に対して頭の良い人は同じ領域まで達する時間が短く、チーム戦では私をコマとして把握する能力にも優れています。適材適所でコマの配置を決め、コマに対して多くは求めず単純な作業を割り当てる能力も優れています。

多くの時間を費やしたプレイヤーに及ばない部分はあれど、技術を補ってあまりある対応力には敵いません。「自信がない」と後ろに回りサポートに徹する割に、効率の良い立ち回りや容量の良さで成績を伸ばします。能動的にその場その場で対応する私と比べて受動的にパターンとして把握しています。

ゲーム内の強い弱いの概念ではどうしてもプレイ時間にある程度相当し、時間から得た経験も活かされてきます。頭の良い人は飲み込みが早く、あっという間に全体を把握してプレイに支障がないレベルまで到達しますので、そこはやはり強い弱いという単純な優劣ではなくゲームが上手いのだと言えるでしょう。

頭の良い人はゲームに留まらない

元も子もないことを書きますが、ゲームを物差しとして考えた場合に上手い人は頭が良いのではないかというだけです。

一口にゲームをすると言っても用意された選択肢をなぞっているだけでは意味がないのです。ゲームというのは娯楽という側面が強く、暇つぶし程度にやる人も多いでしょう。用意されたレールの上を走るだけの作業的快楽に溺れがちです。単純作業というのは受け入れられ易い反面、飽きられ易いです。そこを如何に巧妙に隠すかが人気ゲームを生み出す真理でしょう。

何も考えない時間というのはそれだけで魅力的ですが、だからこそ思考停止をして頭の堅い人間になっていくのではないでしょうか。それはゲームをやってもやらなくても同じ結果となります。決められたことを決められた通りこなすというのはゲーム性がありませんね。

ゲーム自体の経験が長く、年代問わず様々なジャンルの経験則を活かして上手い人も居ますが、果たして頭の良さはどうかと問われれば違うと思います。身体に染み付いた行動をアウトプットしているに過ぎません。一度自転車に乗った経験があれば、再び乗れなくなるという人は中々居ませんよね。ゲームの操作方法が各ゲーム毎に大きく異なっているわけではありませんので、新しいゲームと言えども経験則から対応は可能です。

ゲームが下手な人は頭が悪いのか?

必ずしもそうとは言えないと容量の得ない回答を置いておきます。そもそも身体能力の差をゲーム性とするジャンルでは上手い下手は大きく変わるでしょう。反射神経や動体視力というのはもはや肉体稽古の領域です。それでも頭の良い人は勝つための努力を怠らないような気もします。下手だからという理由で上手くなる道を放棄することや、そもそも興味関心がないというのは底が知れているように感じるのです。

言ってしまえばただの遊びなのですから難しく考えずやってはどうかと。合う合わないは別として何事も興味を持ち挑戦を始める人は様々な可能性を秘めているものです。考えることをやめなければゲームは上達するでしょうし、時間が許す限りプレイを続ければだんだんと見えてくる景色も変わるでしょう。

思考を止めない

ゲームをするから頭が良くなるわけではありません。それは本を読むと頭が良くなると思っているのと同義で娯楽に対する罪悪感からの言い訳でしかありません。教科書通りに問題を解いても攻略サイトを見ながらプレイするようなものです。頭の良い人は攻略サイトに書かれるような内容に自力で辿り着きます。技術がなくともクリアすることを目標にした方法さえアドバイスしてくれるでしょう。本だって頭が良くなる為に読むのではなく、目標を達成する為の手段でしかありません。本で得られる以上の情報はありませんのでその先を求める場合に役不足です。

頭の良い方は思考という根本的な部分に差があるからこそ人間的に優れていると思えるのです。