s13y

独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

斜に構えるって悪いこと?

斜に構えていると視野狭窄に陥る

疾患のことではありません。狭い考え方、広い考え方という漠然としたものです。見る角度を変えれば見える光景も違います。心の余裕があれば視界の広さも変わります。

斜に構え過ぎていない?

どうでしょうか。私は斜に構え過ぎて酷い時期がありました。何でも疑り深く、変にスカしていて自分が正しいとさえ思い込んでいた節があります。斜めどころか捻くれ曲がっていたと思います。自分でもどうしてここまで傾いたのかはわかりませんが、傾いた視点は一人では治せません。

斜に構えると一時的に頭が良くなった気になる

斜に構えて物を見てると普通の視点ではなく、あざ笑うかのように皮肉を言ってしまいます。斜に構えてしまうということは最初こそ素直だったのではないかと思います。普通の視点が分かっていて、それでも皮肉を言ってしまうという気持ちは理解して頂けると思います。

ただ普通の視点がわからない人はちょっと厳しいかも知れませんね。最初から穿った目で見ていれば視野が乏しい人です。その人のアイデンティティーでしょう。何を持って普通とするか、その判断も難しいことのように思います。

良くも悪くも「斜に構える」ということは一度真剣に考えた結果なのです。思考した結果、他の人が素直に発言するので自分の意見は差別化を測ろうとした結果かも知れません。何を持って普通か?やはりこれがわかっていないと斜に構えたつもりが真っ直ぐに戻っていただけという悲しいことにもなりかねません。

大真面目に物事と向き合って真剣に考えた結果、なんだかバカらしくなって皮肉を言っているうちに考えるということが疲れてしまったという人も居るでしょう。そして周りと違う観点から皮肉を言っていると自分が高尚な人間に思えてきたりするものです。こういう考え方は自分しか出来ないのではないか?いいえ、斜に構えているだけです。多角的な視点を持っている方はその視点からの考え方も保持しているものです。

素直すぎた結果

斜に構えるようになった人はいませんか?たぶん、私がそうです。だから斜に構えているということは普通の視点がわかっていると言えるのです。

長い人生ですから、生きていく上で真面目な人ほどバカを見た目撃した経験もあるでしょう。そういう経験が多ければ嫌でも頭は身構えるようになります。もしくはちょっと尖っていたり人違う意見を言える人がかっこいいと素直であればあるほど、真面目であればあるほど憧れてしまうものです。

常に斜に構えているのではなく、斜に構えていることを自覚することが大切です。斜に構える癖がついてしまった場合、今の自分がどうであるかをきちんと理解して見つめ直す必要があります。そして自由に視点の切り替えを行なってください。これは訓練といってもいいでしょう。斜に構えるということは人間関係に亀裂を生みやすく、良いことばかりではありません。

二つの視点を生み出す過程として斜に構えるということは大切

誰もが通る道です。周囲の人間と同じになりたくないという思いが強ければ強いほど角度が強くなります。そのまま戻らず偏屈な人になるというのはよくあることです。自己コントロールが苦手な人は頑固になり易いでしょう。とはいえ、一度でも斜からの視点に溺れてしまうと真面目に考えるのがバカらしくなるのも事実です。簡単に直せるものではないということも自覚していて、最後には「自分はこういう人間だから」と諦めてしまうものです。

きっかけは指摘

指摘された機会があれば相当なものです。「君は斜に構え過ぎだ」と言われれば大したものです。

私です。

この考え方は治せない、治せないために苦悩する。だったらもう傾くだけ傾いてしまえば良いのです。斜に構えていた人は、何か一つのきっかけで二つの視点から考えられるようになるのです。それは「指摘」です。

ただ具体的な指摘がなければ効果はありません。気づかせてあげるというのが大切です。誰しも他人から指摘されれば省みることでしょう。「うるせ」と言ってはいけません

私です。

その時にぐぅの音も出ないほど「こういう考え方もある」と示されると「そんなこと知っている」と思いつつも「本当に知っていたか?」と考え直します。もしかしたら自分はとんでもないくらい傾いて180度違う素っ頓狂な発言をしていたのではないか?だとしたら恥ずかしいことです。考える力があるから斜めに考えられると思っていたけれど、斜めに考え続けた結果として斜めからしか物事を見られなくなっていた。そのことに気づいた時、私は絶望しました。

視野矯正

これといったらこれ!だった自分も一歩引いて多角的な視点で物事を考えられるようになりました。以前であれば一本道ですから指摘があれば言い返すことが出来ません。そもそも言い返すという言葉が間違っているのです。言い返す必要はありません。そういう視点からの見方だってある。見方が違えば考え方も違っていて当然です。

戦争で対立した国々はどちらも正義だと思っています。正義は人それぞれ違うのです。ひとえに視点の違いです。同じ視点でも考え方に差をもたらすのは距離や角度です。

いつからか自分は斜に構えてみた後は素直になってみることにしました。そうすると性格まで変わります。「丸くなった」と言われるようになりました。ただ慣れない頃は上げて落としたり、下げて上がらなかったりするようなことが多かったように思います。恥を忍んで真剣に謝ったりフォローしたりするうちにひん曲がっていた性格も矯正されていったのです。恥を偲ぶと言いましたが、何も恥ではありません。素直な気持ちなのです。

素直になれるのであれば、普通の視点があるのであれば、極端に偏屈に考えることが出来ます。「その見方はなかった」と言われるくらい真正面や斜めから見ず透かして後ろを見てやるくらいの勢いで思考できれば「前」「斜め」「後ろ」という三つの視点が持てます。私の経験上、それ以上の思考は無意味であると思っているので三つ考えたらやめていますが、もっと色々な視点と考え方を持って発言する人は居るでしょう。

人は急に変われない

三年です。少なくとも三年は掛かります。今日明日変わろうと思って変えていけるものではありません。たまに考え方をコロコロ変えられる人が居ますが、頭が物凄く柔らかいのか、それともおバカさんなのか・・・・きっとどちらかでしょうね。

考え方がどうのではなく、まずは色々な考え方を受け入れるということから始めてみては如何でしょうか。それぞれに考え方があるということを認識するのが何よりも大切です。徹底的な受け身姿勢で傍観しましょう。口を出してはいけません。何故この人はこう思うのか。このと人は同じ考え方だ。この考えはなかった。思考を止めてはいけませんよ。色々思案して全ての意見を聞いた上で自分はどうであるかを発言すればよいと思います。

全く発言しないというのは思考停止になりかねませんので必ず最後には自分の意見を入れる必要があります。答え合わせのない問題は無意味です。自分の意見に対してどういう反応があるか?改めて自分の意見を省みた時にどうであるか?そしてそれを受け入れられるかどうかで考え方と性格は変わっていくのです。