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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

作曲のコツを言ってしまえばこれだけしかない

結論から言えば「耳コピ」です。言葉を話し始めた時、楽器を弾き始めた時、歌を歌い始めた時、すべて耳コピから始まってます。作曲をするならそれこそ耳コピ至上主義になるべきです。作曲のコツを探している時点で何かに躓いていて、打開する何かを探しているはずです。具体的に耳コピをして見識を広め、分析する能力を高め、それをDAW上で表現出来るようになれば自分のものになります。

そもそも作曲にコツなんかない

こういう曲が作りたい時はこういう音源とこういうパターンで奏法はこうして進行はこうやって仕上げはこれと理解していなければ「難しい・出来ない・思い浮かばない」と勝手に判断してしまいます。出来る人は神経を擦り減らす勢いでめちゃくちゃに音を聴きます。リスニング能力がないだけでしょう。そして圧倒的に習作が足りません。

創作の世界です。全てのことにおいて答えなんかないと言えます。答えがないものに答えを導き出そうとすれば苦しむのは当たり前です。周りにあるヒントを断片的に読み取り、足し算や引き算で自分の形に近づけるしかありません。

作曲で耳コピをしない人

なぜ作曲になると耳コピをしなくなるのでしょう。真似するのは悪いことだと刷り込まれているのでしょうか?耳コピしたものを作品として投稿するわけでもないでしょうに。少なくとも創作の世界に足を踏み込むなら、真似に対して嫌悪感を抱いていては成長は出来ません。全く新しいものを作る前に既存のものについて詳しく知っていなければなりません。才能ある人が最初から考え出したと思うのが間違いです。

作曲で煮詰まり挫折する人は自分で生み出そうとするからです。一人の人間から生まれるものなんてたかが知れています。

理論を学ぶことで幅が広がる

きちんと理論を学んでいますか?理論といっても大したことはなく、大衆音楽にとって不要なものですが学ぶことで「とりあえずなんとかなった」ということも増えます。ぜーんぜんできない!という時もパズルをするように土台を作ってしまって理論を頼りに編曲を行えばそれなりに仕上がります。むしろ耳コピだなんだとやっている時より曲らしい曲になります。

耳コピと音楽理論が合わされば無敵でしょうね。

作曲出来る人はパズルの上手い人

これまで聴いた曲から様々なジャンルをリズムで世界観を表現して、雰囲気をコードで作れるのは耳コピがあってこそです。作曲者の完全オリジナルはメロディくらいしかないでしょう。幾度か聞き及んでいると思いますが、作曲の殆どが既存のものの組み合わせです。大人はどうしても躊躇ってしまったり変なプライドがあったりするでしょうけれど、これが学生とかだと何の躊躇もなくコピーしてしまって、むしろコピーすることが誉れのように周りへ披露します。コピーした物に大した考えも抱いていません。

そして頭でわかっている状態で作曲するかしないかに大きな違いが出るのです。行動力や頭が柔軟であるということは大きなアドバンテージです。自分はどうであるかを改めて考えてみると良いかも知れません。

耳コピはできますか?

作曲でもんもんとしている人に耳コピができるかどうか聞くと「あまりやっていない」と答えられます。そうでしょうね。

耳コピのやり方がわからないという人は単なる甘えです。耳コピしたくないという人は音楽に向いてません。

作曲を一旦やめて、しばらくは曲を聴いて再現することだけに集中してみてはいかかです?