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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

貧乏時代を共に過ごした相棒

私には最愛の家族が居た

恐らく生後1ヶ月程度でショップに並び、最初の飼い主の元へ馳せ参じた次第であろう。私のところに来たのはそれから何ヶ月経ったのかわからない。飼い主は愛くるしいフォルムとは裏腹に渋い名前を与えた。将来は見た目ほどの華やかさは得られずとも魅力ある成体へと育つよう名付けたのだろうか。

出会った時は痩せており、何だか妙な親近感を覚えた。調べによるとそいつはゴールデンハムスター属に分類される齧歯類で、毛色はノーマルカラーだ。こんなに小さく、それでいて小ささを感じさせない存在感。勇猛果敢に私の袖へと攻め入る姿勢は実に感服する。憎いやつだ。

飼い主は言った。子供が生まれたから引き取って欲しいと。掌の上で安寧を見つけ、どっかりと腰掛けたそいつは紛れもない雄だった。お前、父親になったのか。めでたいじゃないか。飼い主は言う。そいつではないと。私は飼い主を見た。人伝に聞いていたが、子供が産まれたのだな。飼い主が妻をリビングに呼んだ。赤子を抱く彼の妻は聖母のような笑みで私を歓迎してくれた。

腕に抱いた小さな命。私の掌に乗る小さな命。どれも等しく同じ命。だが共存は難しいという。そこで私に白羽の矢が立ったという訳だ。その場で私は誓った。こいつを一人前の雄にして見せると。

一人と一匹の共同生活

別れが辛くて共に住めない人は多いだろう。私もその一人だ。だが、それも含めて私の運命だと言うなら甘んじて受け入れる他ない。助手席に鎮座するヤツの家。家主は己の寝床で物憂げに空を見つめていた。日が落ちる。そろそろ帰ろう。お前は今日から私と暮らすのだ。車を慎重に走らせ、帰路を急いだ。

ヤツの家

幸いにしてハムスター育成に関する一式の物はケージの下にある新聞紙まで含めて私の家に引っ越しとなった。部屋の真ん中にケージを置き、相応しい場所を私は探した。

その間、ヤツは興味深げにケージの外を見ていた。忙しなく動くその姿。よもや事が重大であったと今気づいたわけではあるまいな。痴れ者め。

だが案ずるな、私が必ず、お前を立派な雄にしてやる。見苦しい、早々に観念しろ。ヤツはひまわりの種を齧り、一服した後に落ち着きを取り戻していた。ふむ、肝が据わってきたじゃないか。ヤツらは我々より成長が早いと聞く、これほどとはな。

寝床に食事を運び込んだのち、一心不乱に回し車を蹴り始めた。ガタガタと揺れるマイホームが自慢気だ。耐震は問題ないようだな。

私の家

対して私の住居は元号が一つ前に建てられた古風な物件で様々な意味を含んで風通しが良かった。これではヤツの家とそう変わらない。だが鉄柵で囲っただけの戸建ではない。木造二階建てだ。うち二階を借家として拝借している。天井も床もプラスチックじゃない。とはいうものの、昼と夜の温度変化が不安だ。ケージでは心許ない。翌日にはヤツの住居を全て一新した。

新築の提供

故あって60cmの水槽に引っ越しをしてもらうことに相成った。マイホームと言えば雄からすれば夢だ。城だ。それに今まで育った場所、古巣でもある。これを取り上げる罪は重い。気に入ってもらえないかも知れないし、腹が煮えくる思いかも知れない。しかしこれはお前の為を思ってのことだ。許せ。鉄柵と言えど細く頼りない。敵に攻め込まれた折には一溜まりもないだろう。

それに比べて新しい住居はいいぞ。隙間風に苦しむ必要はなくなった。温度変化も小さい。視界を遮るものもなく良好だ。藁の量も増したし、床暖房まで完備している。ガタガタとうるさい回し車も新調した。これで思う存分、鍛錬に励めるだろう。水のボトルだって大容量だ。たくさん飲めるし毎日安全で美味しい水に変えてやるから安心しろ。

お前には大きすぎる食事入れだってこの通りだ。身体がそのまま入るであろう。多少散らかしても問題はない。砂のトイレだってある。男子たるもの、不潔は良くないからな。寝床にしていいわけがない。かじり木はここに置いておく。前歯には齧歯類の心があると聞いた。毎日研ぐといい。

おやつも買ってきた。許せ。

出来ることはあまりない

全ては私のエゴ。そして、過ぎたるは猶及ばざるが如しという。やれることはやった。おかげで親戚のお手伝いで頂いたお駄賃がなくなった。金はないが、私が必ず幸せにしてやる。約束だ。心は晴れ渡り、これからはきっと命を預かる重さと育む大切さを学んでいく。

暗黒時代

どれくらい貧乏だったかを言えばキリがない。若かりし頃、同じような経験がある人は多いのではないだろうか。今でも様々な苦労を強いられている人も沢山居るはずだ。私は同じ土俵に立った気で貧乏自慢をするつもりはない。自分はこんなにも大変だったのだと主張するのはとても失礼なことだ。そして、いつか必ず救われるべきだと信じている。そういうこともあったのだなと広い心でのご理解を賜りたい。

借金の存在

前提として必ず返済せねばならない借り入れがあった。米は買えてもおかずは買えず、塩で食べた。これでも十分ありがたい。ある日、心配してご飯を作りに来てくれた知人が居た。暫くすると米もなくなり、置いていった調味料で腹を誤魔化す有様だった。パン粉の類はとても有難かった。

家にある家具家電はほぼ全て職場の上司や先輩、アルバイトの人たちから頂いた貰い物で、越してくる時に持ってきたものは父の形見であるアコースティックギターとようやく手に入れた中古の車に積めるだけの仕事道具や衣服類だ。トランクには一人暮らしは物入りだからと前の職場でお世話になったお客さんが持たせてくれた食料品が詰まっていた。

借金というのはネガティブに捉えられがちだが、車がなければ仕事もできないのだから必要経費だったのだ。車は知人から譲り受けるようなとても安価金額だったが、これも借金だ。引っ越すお金がないほど底を蹴破っていたのは他にも理由があった。当時、借金自体は車の金額の何倍にも膨らんでいた。

とても就職先を手に入れたばかりでこれからの生活に期待を寄せるような余裕はなく、その後も予想していた以上の辛い生活が待っていた。その生活を渇望した理由は就職先の期待に応えたかったに他ならない。だが返済に充当される金額よりも、利子の方が高く苦しい状況に陥っていた。

1日1食の生活はこの頃の名残で今も続いている。一時期は3桁を超えた借金も現在はなくなり、人に貸し与えられる程度には状況も好転したので若い頃の苦労は買ってでもするべきというのは真理だと思っている。

周囲の人たちのおかげ

痩せていたからか、よくお客様に心配された。ちゃんと食べているのかと。実に様々なことをしていたが本筋は接客業であった為、親しくなる度に労いの言葉を頂いた。そのお礼として勤務外では大変良くして頂いた。差し入れや外食の誘いなどで何とか生きていた。というより、生かされていたことを実感する。

アルバイトをしている子は私の職場以外にも夜は飲食店で働いており、そこの店主の厚意から賄いを頂いたこともあった。誕生日には少し怖いお兄さんたちにケーキまでご馳走になった。そういった経験は刺激的で、日々の糧となり何とか腐らずにいられた。本当に有難い話だ。

自由の代償

ヤツは日に日に痩せていく私とは反対にぶくぶくと育ち、気づけば肥え太っていた。うちに招いた客人はまずヤツの姿を見て笑う。私はとても心配した。私の怠慢で、この豊満な肉体を持て余して居るのではないかと。当時手にしていた携帯電話よりも遥かに大きくなり、ダイエットさせるべきかと本気で考えた。

極め付けは遊びに来た元飼い主にあなたが持っているスマフォより大きくなってしまったのだと相談すると元飼い主はヤツをむんずと鷲掴み耳元に当てこう言った。「もしもし?オレオレ。覚えてる?」

目眩がした。

結局のところ、何かしてあげられた訳ではない。何をしてもストレスになるのではないかと戦々恐々としていた自分がインターネットで調べた情報に「ストレスで過食症になっている」という文面を見かけて卒倒しそうになったのだ。

気づけば八方塞がりで、自分が出来る最低限のことだけを行うしかなかった。心配は杞憂で、特別病気になるわけでもなくスクスクと身体を太らせていった。始めて出会った頃は本当に痩せていた。いや、そう見えただけで、スリムな健康体だったのかも知れない。ともすればやはり自分が元凶なのは間違いない。

せめてヤツだけでもと放任主義で豪遊させた私に罪がある。時には厳しく叱りつけることも必要だったと後になって嘆いても遅いのだ。トイレとして用意した砂場で気持ち良さそうに眠りこけるヤツを見て心から反省した。ヤツは目を開けると私を確認してビックリしたのかひっくり返る。

あのな、取って喰おうってんじゃないんだ。そんなに驚かれると益々落ち込むではないか。肝っ玉の小さい野郎だ。そこで寝ると決めたのだろう。そして、寝ながら水を飲む体たらく。なぜここまで怠惰になったのか。

転勤と引越し

私の職場は転勤が多く、三年に一回は機会が訪れる。しかし何故か私は一年毎に転勤していた。当時の職場からは栄転であり、私は旗艦店がある場所への異動だ。その場所からは遠く、とてつもなくお世話になった方々との別れは本当に辛かった。一年間の功績が認められ、引越し代と次に借り住む住宅の費用が一部援助されることになった。

ヤツの引越しには専門業者を頼むことにして、私は電車に乗り、数時間掛けて旗艦店のある地へ乗り入れた。移り住む住居は事前に決めていた為、不動産屋さんから鍵を受け取ったのち、借家へ向かうと既に引越し業者の方々がスタンバイしていた。

引越しはとてもスムーズで、そんな重いものまで一人で持ってしまうのかという巨漢の男性がせっせこせっせこ運び入れあっという間に終了してしまった。一人暮らしの引越しはお茶の子さいさいとばかりに颯爽と済ませるその姿に感銘さえ受けた気分だ。

おっと、一人暮らしではない。ヤツを忘れていた。

寂しいなんて言ってられない

お世話になった街を離れ、電車で数時間過ごし、全く知らない土地にやって来た。本当はとても不安に感じていたのだ。明日から普通に出勤して、また地獄のような日々を過ごすのかと思うと不安で不安で泣きたくなる。引越しが決まってからはあれこれと忙しい日々にどこかで忘れてしまっていた。ここには自分を知る人は誰も居ない。頼れる人は誰も居ない。そう自覚した時、そのあまりの心細さに身体が震えた。

業者の方に手渡され、引越し用に買い与えたケースの中に居るヤツと目が合った。

部屋の片付けは追々やっていくとして、まずはヤツにふさわしい場所を選定しなければならない。暖房のスイッチは入れたが、まだ温まり切っていない部屋の冷たい床に座り、ヤツのケースを開けてやった。

なんというか、いつもと変わらないその姿にホッとして、ちょっと笑って少し泣けた。私には守らねばならない存在があった。何を賭しても守りきらねばならない。ケースから出るわけでもなく、食事をくっちゃらくっちゃらしているヤツを見て、勇気が湧いた。私はヤツが棲まう根城の再建築を急いだ。

転勤後の生活

時が過ぎるのは早く、そして身の回りの状況も大きく変わり始めていた。心配していた新しい環境への適応はスムーズとはいかないが何とか上手くやれていた。途中から公共交通機関を利用した通勤へと切り替えた為、車を手放すことになった。都心部への通勤は車である必要はない。様々な方法が利用できる。実に素晴らしい。

更に通勤手当として全額補助されることとなった。車通勤でも寸志程度で頂いてはいたが、私の車はヤツと同じく大食いで燃費が悪い。とてもじゃないが足りなかった。車は廃車として引き取ってもらい、職場の方が交渉して無料にしてくれた。この浮いたお金を借金の返済へと充てれば更に我が家の家計が回復するはずだ。

気分上々、仕事へのやる気も満ち溢れている。全ての事に感謝して日々精進。何事も全力で行い、より一層の思いで職務に励む所存であります。しかし借金は車の修理や諸経費、引越しに際したその他諸々で更に増えていた。

とんでもなく忙しい職場で、これは食べなきゃ倒れると思った私は一部の食費を借金で賄ってしまった。付き合いでの飲み会などもあり、人生で最もお金で詰まる時期だったと思う。金食い虫の最大の元凶である車を手放した事により、少しは楽になると達観していたそんな初夏。

新たな出逢い

栄転祝いのパーティーを開くから地元に戻って来れないかというお誘いがあった。私が正社員となる時、大変お世話になった上司の提案だ。正直忙しくてそれどころではないというのが本心だが、この恩情を無下にする訳にはいかない。ともすれば直属の上司と事前に相談した上で日取りを決めることにした。

なんだか話は私よりも早く伝わっていたようで、快く承諾。職権乱用とも言える上司のシフト調整術に呆気にとられた。メンバーの調整が済まされ、担当するはずだったお客様の相手は諸先輩方が行う事に。迷惑を掛けないように引き継ぎをキッチリ済ませ、退勤する時間を迎えた。

私用での休みは頂いたことがない私は申し訳なさを感じていた。先輩たちには楽しんで来なきゃ許さないとばかりに煽られた。上司からは飲み過ぎないことと、実家でゆっくり疲れを癒したのち孝行するようにとの命令が下った。アルバイトの人たちからも温かく送り出して頂き、私はもう頭が上がらなかった。

普段は仕事ばかりでこういう空気に触れたのは久しぶりだった。

そんなこんなで職場から一旦家に戻り、そそくさと準備を始めた。心配になるのはヤツ。1日でも離れたことがなかった私は不安だった。一匹だけで大丈夫だろうか。世話役のハムでも一緒に飼っておくべきだったか。

そんなくだらないことを考えながら準備をしていたので携帯の充電器を危うく忘れるところだったのを思い出して家に戻ったのを覚えている。ありったけの食事と新鮮で美味しい水に換え、家を出た。夜行バスに飛び乗り久しぶりの地元に帰る途中、ひたすらインターネットでハムスターの留守中について調べていた。

地元へ

その日は実家に泊まり、翌日は昔の職場に挨拶へ向かった。祝賀会は夕方からなので時間が空く。転勤してからの休日は寝て過ごして居たので、昼間の時間をどう潰すか悩んでいた。田舎なので時間を潰す場所もない。というわけでお世話になった上司が出先から戻ってくるまでは昔の職場で待機。

なんだか妙に落ち着く。多忙な勤務地と違って、のんびりと時間が過ぎる。今の自分ならきっと一人でも運営していけそうだなどと考えていた。勤務先は一つの店舗に複数の運営業務が入ってるので人数も業務内容も全然違う。

私の出身地となったこの地の店舗は穏やかで、やる事といえば日々の目標を無理なく達成するのみで後は通常業務を繰り返すだけだ。勝手知ったる我が家という感じのアットホームな雰囲気。馴染みのお客様も私の顔を見ては声を掛けてくれる。この仕事を好きになったのはこういうところなのだ。

お世話になった上司が帰ってきてからは次の業務で使う車の助手席でお供することにした。あれよあれよと結局は休日にも仕事のことを考えていた。

記憶のない祝賀会

夕方、会場がわからないメンバーは事務所に招集された。私が居なくなってから新しく入ったアルバイトの方に挨拶をして周り、まだ来ていない方を待つ間にも打ち解けることができた。やがて集まったメンバーたちを上司がまとめ、会場へ向かった。

会場に着き、乾杯をしてお酒を飲み始めてから先の記憶は曖昧だ。宴も酣というところで一旦お開きとなったのは覚えている。その後、アルバイトの方に拉致されて他店に飛ばされ、気づいたら実家に戻っていた。その宴会から一週間が過ぎた頃。

どういうわけか半ば脅しのような形で恋人が出来た。

いつの間にか交換していた相手の電話番号から着信があり、告白して付き合えと本人から言われた。恋人は作るつもりがないし、お金もないし、ヤツも居る。

以下の記事に書いた恋人とは転勤をキッカケにお別れしている。私は転勤族であると思うので悲しい思いさせない為にも恋人を作るつもりはなかった。

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ヤツはといえば家を空けた数日ですっかり羽を伸ばし、帰宅して部屋の扉を開けると回し車を全力で漕ぎ、有り余る車輪の回転数で弾き飛ばされているところを私に目撃されている。私に気づいてか一休みのためか、足を止めたのが仇となったようだ。瞬間、豊満なわがままボディが宙を舞い、藁の山へと消えた。お元気そうで何よりです。

見た目で判断してはいけない

結局お付き合いをする羽目になったのだが、それは私の弱さと恋人の行動力や男前な器の広さにあった。きっぱり断ることが出来ず、遂には押し切られてしまった。私が掲げる付き合えない理由をことごとくへし折られ、断る理由がなくなってしまったのだ。その後、一度も好きと言わず泣かせてしまったことをキッカケに本格的に恋人として意識するまでは三ヶ月を要した。

恋人はアルバイトで手に入れた汗と涙の結晶をヤツのおやつと交換した。学生の貴重な時間を利用して短期のアルバイトで稼いだのに、みすみすヤツを肥らせる真似は止せと言ったが聞く耳を持たなかった。豊満でわがままボディのヤツはいつしか愛されわがままボディとなっていった。

恋人とヤツは出会ったその日から仲良くなり、すっかり手懐けられた。そんなにおやつが食べたいなら恋人さんちの子になりなさい。私はその大福のような身体を省みない限り、買って与えたりはしない。恋人はヤツがあくびする時に見せる間の抜けた顔がとても好きなようで、写真に収めてやろうと躍起になっていた。ピンボケの写真ばっかり撮って、それではあくびをしたとしても望みは薄いだろう。

因みに触ったりして噛まれたりしないだろうか、という心配は杞憂だ。誰かに噛り付いたりするところは一切見ない。あれはあれでいて、淑女の間では紳士で通ってる。不義理なことは絶対にしない堅気なヤツだ。

出かけ先

いつからかヤツは雲隠れするようになった。志半ばで倒れたという訳ではない。根城から姿を消すことが増えた。飼い主的観点から言えば脱走である。ヤツからすれば監獄同然。先刻承知。しかしなぜ今になって急に。反抗期かしら。反抗期は個性が生まれる大事な時期ともいう。だがいつも三秒考えてやっぱり連れ戻すことになる。そんな大事な時期に怪我でもされたら事ですぞ、殿。

一体どこをほっつき歩いているのかと言えば冷蔵庫の裏と相場が決まっている。城下を縦横無尽に齧り歩く訳でもなく、単に冷蔵庫の裏が好きなようだった。稀に別の場所に居ることもある。知人に譲り受けたソファの裏側から中に忍び込んでしまった時などは、どうやってとっ捕まえてやろうかと業を煮やしたこともあったが、そういう時は名前を呼べば出てくる。

例えばゴミ箱に落ちて身動きが取れなかった時は名前を呼ぶとガサガサと音を立てて知らせてくれた。どうやらお戯れが過ぎるようで。あいや、観念なされい。

一体どうやって監視を欺き根城から城下へ抜け出しているのか暴いてやろうと思い、恋人に頼みスマフォのカメラで撮影してもらった。私が寝ている時か、仕事で外出している時が一番多い。すると事も見事な芸当をカメラが納めた。

なんと暖房用のコンセントをガッチリと掴み、腕っ節の力だけで上っていく勇ましい姿だ。まるで消防団員だ。前世は火消しに違いない。江戸っ子だね。その巨体からは想像もつかない俊敏な動き。ヤツは日頃から鍛錬の欠かさぬが、よもやこのため。謀ったな。

万に一つ怪我でもされたら困ると私は対策を講じた。なんだか可哀想な気もするが、一人暮らしということもある。これ以上は見逃すわけにもいかない。これから特に寒くなる。帰りも遅い。気づくのが遅れたら最悪の事態だって考えられる。ヤツは悔しそうに天を仰ぎ、やがて寝ぐらに戻り塒を巻いて不貞寝した。意外と諦めるのは早い。潔い奴だ。

恋人が来る時は解き放ち、1日中好きにさせるようにしていた。危険なコード類は届かない高さまであげて固定し、行く場所もわかっている為に好きにさせた。部屋の広さの割に物がない私の部屋で万が一を考えるなら感電と寒さと食事の心配だけだった。

カーテンを上ったり高いところへ行こうとしたりもせず、ただただ冷蔵庫の裏へと辿り着くコースを散歩し、飽きて出てきた頃には食事が始まる。その間、冷蔵庫の裏で粗相をしていないかチェックするといった具合だ。とても元気で活発なヤツだが、見張っている分には問題はない。

長期不在

国家資格を取得する為、飛行機で遠方の地へ旅立つことが決まった。これは2,3日、家を空けるとかそういうレベルではない。丸々1ヶ月は不在になる。ヤツの面倒はどうすればいいのか真剣に悩んだ。結果、祖母の家に預ける形となった。

祖母には最低限、食事と水の取り替えをお願いした。ヤツには祖母に迷惑がないよう、大人しく良い子しているよう言ってきかせた。無事に国家資格を取得して帰った時、ヤツは祖父母のアイドルになっていた。

1日1日が貴重な日々

私は三度目の転勤を迎え、新しい環境に慣れた春が過ぎ、夏が来た。ヤツは高齢となっていた。正確な生年月日はわからない。出生を考えれば年齢は三歳を迎えたか、否か。ゴールデンハムスターは二歳を過ぎれば高齢という。元飼い主の子供が生まれるよりも前に飼っていて、私の元へ来たのはその子供が生まれてからだ。

ヤツと出会って二年以上が経つ。私が講じたお忍びのルートは対策の必要がなくなった。あの御家芸はもう見れそうもない。あれだけ肥り、恋人からは「でぶちん」と呼ばれた身体も遂には痩せて標準並みだ。明らかに体力が無く、冬を無事に越えられるかどうかというところ。見た目にもわかる体型の変化と体力の衰えは別れを予感させた。

覚悟を決める時が来たのかも知れない。

数ヶ月も経てば身体の変化が著しい。更に痩せ細り、足まで不自由になった。食事も取り辛そうだ。60cmの水槽がやけに広く感じる。手近になるよう配置をずらした。しっかり食べろよ。三角食べでな。良い歳して好きなものばっかり食べてんじゃないよ。

眠る時、回し車の音がしない。床に伏せることが多くなった。

秋になる頃、片目を開けられなくなっていた。見てるのも辛く、毎日生きるので精一杯という感じだった。だが、それからのヤツは凄かった。足が動きづらくて転げてもしっかり食べ、飲み、動き、生きようとした。生気溢れるその姿は強く、勇ましかった。

雪が降りだす頃には開いていた方の目さえ、見えなくなろうとしている。白く濁り、もしかしたら既に見えていなかったのかも知れない。水を飲む時、全然違う場所を舐めていた。寝ながら、目を瞑りながらでも飲めていたのに、ボケたなあ。それともあれは、薄目を開けていたのかい?顔についた水を拭いてやると指に鼻をあててきた。

気にするな。耄碌したなら私が介護してやる。

元来、聴覚と嗅覚はとても優れている種族だ。食事は出来ていた。だが食は細い。限界なのはわかりきっている。それでも懸命に生きようとしている。小汚くなっても、自分らしく最後の最後まで踏ん張れ。

最期

家に帰ると出迎えてくれた。最近はずっと床に伏せているのに今日は体調が良いのかも知れない。思い返せば毎日、こうやって出迎えてくれていた。まさか食事がないのかい?なんだ、あるじゃないか。水を換えよう。翌日は休日だった。そばに居ようと決めた。

朝起きて部屋から出てリビングへ行くとヤツも寝床から出てきた。冷たいガラスの境界線まで進み、立ち上がろうとするが難しいようだ。寝床から出たら寒いだろうに。手ですくうようにして持ち上げた。もう何ヶ月触れていなかっただろう。抜け出さなくなってから何ヶ月経っただろう。痩せ細った身体は軽くて、重みを感じさせない。動かした足に力がない。顔を動かしで鼻で手のひらを弄る。

リビングの暖房が強から弱へと自動運転で切り替わる頃、暖かさと静寂に包まれた。外からは車が通る音が聞こえた。とても静かだった。

撫でてやると目を閉じた。

あまり触ったりしてあげられなかったな。ストレスになると思って極力触れるのは避けたんだ。お前たちは小さくて、臆病で、警戒心が強い。人に懐くとか、そういうのはないよな。エサをくれる人間が来たとしか思っていないだろう。でもそんなイメージとは程遠くなったな。家に帰れば回す車から降りて歓迎してくれる。おやつが欲しいだけだろう、卑しい奴め。

回し車の音は夜の悩みのタネだったな。こっちは寝不足なのに、全力で回しやがって。

朝起きたらなんだお前、寝相最悪だぞ。昼間は気持ち良さそうに寝てるからつられて昼寝をしたことがあったな。いつも言うけど、抜け出したのに名前を呼んで出て来たら意味ないじゃない。捕まったら戻されて、冒険は終わりなんだ。朝起きたらまた居なくなっていたけどね。ゴミ箱の中に落ちたのは二回あった。高いところに登らないと思ってるから油断するんだ。怪我しなくて良かったよ。

ソファの見た目はそのままだけど、中はもうボロボロだ。どうしてくれる。買い換えられないんだぞ。埃まみれにならないよう冷蔵庫の裏まで掃除したのは初めてだよ。

仕事で忙しくて、あまりそばに居られなかったな。恋人が心配していたよ。祖母も。職場のみんなも、仲の良いお客さんもだ。いつも写真見せているから、皆知ってる。友達には動画だって見せる。でも、元の飼い主が一番気にかけてたかな。あの時の赤ちゃん、大きくなったよ。

そんな感じの内容だったと思う。恋人も私もよく話しかけていた。ぶつぶつ言う独り言とは違って、普通に話しかけていた。最期も変わらず、いつも通り話しかけることにした。手のひらで眠るヤツに。そう、家族だったんだ。

ヤツは目を覚ますことはなかった。やっぱり冬は越えられなかったか。涙は出なかった。覚悟は出来ていたから。

静かに眠るヤツを寝床へ戻し、深呼吸した。供養してくれる場所を探し、電話をしてから家を出た。藁が余ってるので引っ越し専用のケースに大量に入れた。そこで眠る姿はいつもと変わらない寝姿だ。

次の引っ越しは独りか。

着くと担当の方が出迎えてくれた。火葬後は居住地よりも涼しくて過ごし易い場所で眠ることになる。ここでお別れだ。

お疲れさま。

言葉にした時、少しだけ泣きそうになった。そうだ、今まで本当によく頑張った。ずっと見て来た。最後の最後まで踏ん張った。だから自然と出た言葉だった。私とヤツは友であり、相棒であり、家族だった。主従関係はそこにない。ペットではない。飼うという言葉も違う。共に暮らした。

私はヤツを立派な雄として接した。ヤツも最初こそ人間と恐れていたが、最終的には舐め腐っていたとさえ感じる。それでいい。実に太々しい奴だった。誇らしく感じる。心から尊敬する。

命の重さ

命は何よりも重い。等しく尊ばれなければならない。時には自分の命よりも優先するものだ。私は預かるという形で共に歩むこととなった。自分が考えていたより、この責任は重大だった。普段はあまり意識しないかも知れない。怪我をした時、病気になった時。命の危機に晒された時、誰よりも早く気づいてあげられるのは自分だけだ。あとから後悔しても遅い。今やれることは誰でも思いつく。先々を常に考えなければならない。

最初こそ望まれたのかも知れない。時には命の優先順位が変わるのも事実だ。

残念なことで済まされる訳がない。許されるわけがない。こういうのことは巡り合わせで十分だ。だが病むに稀ぬ事情を持つ者が近くにいたのなら、相談に乗ってあげる余裕は持ち続けるべきだろう。

余裕がない人の処へ行く方が不幸だ。お互いに。

出来ることといえば最良の選択肢を提示してあげることだ。それでもどうしようもなくなった時、迷わず差し伸べる手を持っていることが大切なのではないか。

あとがき

恋人は卒業後に私と同じ地で就職し、共に暮らすことを望んだが断った。それは恋人が未来を持っていたからだ。ここでは得られない可能性があった。その点に関しては当初から話があり、私は恋人を送り出すことを誰よりも望んだ。最後まで渋る恋人の背中を押し、空港で私たちの関係にお別れをした。

今は友人として親しくしている。中々良い相手が見つからないとボヤいて地元に帰ってくるが、いつか幸せになって欲しいと願わずにはいられない。

ことあるごとにヤツの名前が出る。遊びに出掛けた時はヤツの仲間を見に行こうとショップに連れ出される。この先も私自ら望むことはない。できればもうごめんだ。

仲間と隅で身を寄せるようにうずくまる小さな命を見て想う。

どうかよきパートナーに巡り合えることを、やはり願わずにはいられない。