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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

痴漢を撃退して停学になった話

どのような行動にも必ず責任がつきまとう

私は定時制高校に一年だけ通っていた。「高校に通えばアルバイトが出来て、そのうち就職も出来るのでは?」という安易な考えによるものだ。一年だけというのは途中で正社員としての就職先が決まり、役目を全うした為に中退という道を選んだ。痴漢を撃退して退学になったわけではない。高校をツールのようにしか考えていなかった為に、卒業という道は選ばなかった。

年齢が違う学友との付き合い

さて、私が入学した時は確かに左右の指の数ほどクラスメイトが居た気がするのだが、入学から三ヶ月目ともなれば右で足りそうな程度には人数も減っていた。各々、後ろめたい理由ではなく自主的に去っていった。残ったクラスメイトの中には「皆と仲良くする気はない」という強気な子も居たが、私は三つほど離れた歳上だ。

そういう子たちの心を解きほぐし、少ない人数なのだから皆で仲良くやろうではないかと交友を深めていった。男女関係なく、もちろん上下関係もなし。私は学級委員長としてインタラクティブな関係を築いていった。

異学年合同授業

冬も近くある日、体育館で行われた。滅多にある授業ではないので、私は他学年とも積極的に交流を深めていた。全日制に行かず、定時制に入る子とは年も近かったので自分のクラスよりも自然に交わることが出来た。自分のクラスは皆、全日制に行かなかった子たちで歳も同じだが、二年生や三年生は年齢がバラバラで自分が入っても特別浮いたような感じはしない。それだけに砕けた感じで居心地が良かった。

クラスメイトたちとは少し離れた場所に居た自分は、壇上の近くに一人で居た他学年の男子生徒を捕まえて談笑していた。彼は三年生だが、趣味の楽器演奏で親交があった。空いた休日などに私の知人で別の専門学校に通う生徒の家に集まり予め決めていた曲目の演奏で盛り上がっていた。隣の市で何の接点もなかった知人と直ぐに打ち解けるほど気さくで話し易い人だ。共にリズム隊で何かと相談し合い、意思の疎通を図っていた。

生徒たちの噂

そして、戻りがけにとある上級生が女子に付き纏っているという噂を小耳に挟む。穏やかではないが、大抵の場合は大事には至らない。なにせここは学校である。生徒の身の安全は必ず保証されなければならない。そんな話を噂されれば自分にも不利益が及ぶはずだ。

生活サイクルと給食の素晴らしさ

定時制では給食があり、希望の生徒は利用出来るようになっていた。私も利用組だ。6時には起きて準備と予習をする。8時にはアルバイトに出勤、それから16時には上がり17時からは定時制高校に通う。部活をこなして帰宅すると23時近くとなり、寝るのは日を跨ぐ。この生活サイクルにも色々と積もる話があるのだが、それはまた別の機会に。栄養を取ることに自信がなかったので是が非でも給食は利用したかったのだ。

今では1日1食に慣れてしまったが、それに比べてとても健康的な食事生活を送れていた。現在の体重は50キロ台だが、当時は70キロ台だった。バイトが厳しいというのもあるが、正しい食事生活は身体を変える。私が給食というものが如何に素晴らしいものか伝え始めると長いのでここで終わろう。閑話休題。

NとAちゃんの登場

クラスでは私の他に男子二人と女子一人が利用していた。そのうち男子一人とは現在でも付き合いがあり、その後に人生で経験する楽しいことの八割は共に過ごした仲だ。仮にNとする。このイニシャルは他の話題でも出るだろうことを予想して固定とする。

そんなNから良くない話が出た。

目の前に居る女の子が上級生の男子生徒に付き纏われていると。彼女は仮にAちゃんとしよう。聞くと二人は一緒に駅まで帰るそうで、その上級生も一緒に混ざって帰るらしい。噂の正体見たり。まさかうちのクラスだったとは思わなかった。さて、件の上級生の男子生徒だが、ここで訂正したい。

男子ではなく、ハッキリ言ってただのおっさんである。

花の女子高生から見ればそれはもうおっさんであった。一回り以上違う30代の男性生徒だ。未成年の女の子に近づいて何を考えているのかは知りようもないが、ただ好意を寄せているだけでやいのやいの言うのはどうかと思う。好意を向けられること自体が恐ろしいというのは重々承知しているが、これといって何かした訳ではない。

それに、その男性と私は仲が良い。

それは異学年合同授業の時に話した、楽器演奏で親交のある彼だった。何かの間違いだと思いたい。

噂の彼

実のところ、周りからは年齢のことや少しユニークな立ち振る舞いや言動のせいで浮いてはいる。だが、皆が思っているほど悪い人ではないのだ。だが事実だけを述べるならそういった面も含めて、Aちゃんは嫌がっているようであった。その場は私から話をしてみるということで一旦収めた。

ある日の休日、隣町に住む彼の家を訪ねる機会があったので何気なく聞いてみた。最近、好意を持っている人間は居るのかと。次回の演奏で使う楽譜を渡すついでにオススメのCDを借りに来たのだ。彼は吃りながらも居ないと答えた。これはいつものことだし、個性である。他意はない。

単に恥ずかしくて隠したのか、本当に居ないのか、別の意図があるかはわからないが、

信じることにした。私のクラスメイトに居るAちゃんに興味を持ち、私からその話題を振られたとあれば彼もどこかで勘付くはずだ。言及しても仕方ないし、それは第三者のすること。友人であるなら信じるのが筋だろう。

彼の母親とも既に顔見知りで挨拶をするうちに、夕飯までご馳走になった。当然だが私とも歳は離れているし、接点といえば楽器だけなのだ。趣味は素晴らしい。年齢差と関係をぎゅぎゅっと縮めてくれる。

相手の立場で考えるのが何よりも大切

浮かない顔をして書道の授業を受けるAちゃんが居た。この授業は移動教室で座席は出席番号順となり、私の後ろの席であったので話しかけるのは容易かった。授業中ではあるが、和気藹々とした雰囲気で騒がしくしない限り先生も許容されていた。私たちは信用されているのだということを前提に慎ましく、控えめに。小休止の後は課題へ真摯に取り組む必要がある。厳しい授業の一環の中で、唯一与えられた施しである。先生は高齢であること、物腰が柔らかく品があること、怒るといっても諭すような言動で生徒からは人気が高い。裏切りたくないし、悲しませたくない。皆、この授業では一様に真面目だ。

彼女はため息交じりに言った。好きなアーティストのライブチケットが外れたのだと。取り越し苦労というか、思ったよりも私の方が気にしていたのかも。ホッとして笑った。Aちゃんは私の名前を書いてあげると言い、実に見事な書体で書き上げた。私より上手いその字体が羨ましかったので、その後は授業に励んだ。

給食の時間に再びあの話題が上がった。問題の彼は給食を利用しておらず、聞かれる心配はない。とはいえ、他の生徒の目もある。なるべく小さい声で辺りを気にしての会話だ。周りは騒がしいのであまりこそこそすると逆に怪しまれるが。

これは尾行の尾行を敢行したNの話だ。

彼の行動

彼はAちゃんが校門から出て行くまで待っているそうだ。こいつも大概であったが正義感は強い奴だったので悪気はない。相変わらずAちゃんとNは一緒に帰っているようだ。

君たちは付き合っているのかい?という疑問は誤魔化された。余談だがAちゃんとNは一度私の家でお泊まりした時に良い雰囲気になっている。つまりはそういうことだ。察して欲しい。そのお泊まり会を開催するにあたって私はヒッチハイクで二人を迎えに行ったのだが、この話はまた今度にしよう。

Aちゃんが校門から出ると彼が早足に忍びより、話しかけるでもなく付いていくそうな。好きとか嫌いとか普通とかではなく、それは単純に怖い。想像して欲しい。某RPGのように一定距離を保って後ろに並び、無言で付いてくるのだ。怖過ぎる。暫く歩いていると話しかけていくそうで、そうなってからは普通に横並びで歩いて帰るそうだ。

話しかけるまでややあり、頭の中で会話内容を整理する時間を持って意を決するといった具合なのだろうか。それにしてもあまり考えられない行為だが。Nは彼が話しかけた所を見て会話に混ざる。明らかに怪訝そうな顔をされ、会話に入ってこなくなるようで、次は会話に混ざらず最後まで泳がそうかと計画していた。私は開いた口が塞がらない。

あまりにも「それっぽい」ので分かりやすさに呆れるというか、思う所あって笑い出しそうになるのを堪える為に半口を開けていた。彼を知っているからこそ、そのような行動に出る気もする。まだ核心的な部分で白とはいえ、行動を白か黒で判断するならグレーだ。本人の中ではセーフなのかも知れないが、私的にはアウトだった。教えてあげたいのは山々だが、教えることが出来ない歯がゆさがため息に変わった。

車を媒介に深まる友情

話は逸れるが、この頃の私は車で通学をしていた。原則的には禁止となっている。地理的条件等を考慮して一定の条件を満たした場合のみ認められるとあった。当然だが、下校時に別の生徒を乗せ、家まで送ってはいけない。私は隣町の外れの外れから通っており、バス三本を利用してどう足掻いても帰りの時間には交通手段がなかった。しかしこれで認められた訳ではない。

更にアルバイト先が必要で、決められた日数以上の通勤を要することが最終的な条件となった。車両を確保したのち、これら車両通学に足り得る証拠を提示した上で条件を様々な書類で証明し、車検よりもよっぽど厳しい検査を行った。各保険もそれなりのものが要求され、金銭的には公共交通機関の比ではない。更に付け加えると、入学が決まりいざ通学となった直前に条件不足で却下されたこともあった。

この時の絶望感は酷かった。

なんでも担当する先生の不手際があったとかで、こちらに落ち度はない。この時についた眉間のシワが今でも残っている。本気で頭が禿げそうになった。そこで私だけの特別ルールが課せられており、通常の条件とは少し異なる。車両通学は羨ましがられるが、冗談ではない。送り迎えの方がよっぽど羨ましくて涙が出た。

当初は中型バイクで通学していたが、冬になり四輪駆動の車へと切り替えた。クラスメイトを乗せ、遊びに行くことが増えた。休日まで学校側は関与しない。休日ではなくとも、一度帰宅して迎えに行く分には問題がない。わからないことは担任の先生と個人的にメールを取り交わし、逐一聞いていたので間違いはない。くだらないことで退学なんて御免被りたい。AちゃんとNと三人でよく遊びに出かけていた。

学校がある地点を中心にNは市内北側、Aちゃんは南にある隣町に住んでいた。私はといえば東にある隣町から外れも外れた片田舎であった。ちなみに例の彼は北にある隣町だ。勝手気ままのドライブを楽しんだ。

現実問題として予防線を張ることしか出来ない

休日を利用して今まで以上に仲良くなった私たちは、彼の行動に対してどうすることが最善か真剣に話し合うことが出来た。真っ先に相談したのは三年生を担当する先生だった。「疑い」の段階では何も出来ないとのこと。

そりゃそうだ。わかりきっていたことなので期待はしていない。こちら側の勘違いではないかと逆に疑われた。なるほど、そう来るか。

次に相談したのは私たちの担任と生徒指導部を任されている副担任の先生たちであった。疑いの段階であることは承知して頂いた上で、最悪の場合に私たちはどうするべきかを一緒に考えてもらえるようお願いした。生徒指導部の先生は無言で話だけを聞き、メモを取っていた。担任の先生はというとこちらからは同情を得られた。

やはり持つべきものは担任だなと私たちの中で結論が出た。

改めて放課後を利用して担任の先生を交えた四人で会話する。私とNは直接関係がない。主にAちゃんが中心となり事のあらましを説明して、それを補佐する形で口を挟ませてもらった。私と例の彼が親しい関係であることから、これらのことを直接言ってみてはどうかという提案が出た。無意味に相手を探るような真似はせず、困っているということを正直に伝えるのだ。先生の方から口添えできないかと頼むと子供じゃ無いのだからと諭された。

そりゃそうだ。しかし。

私は納得しなかった。Nも腑に落ちない感じだ。Aちゃんも気が進まないようだった。

瞳の奥

だがここは先生を信じてやってみるか。持つべきものは担任と決めたのだ、我々は。こんな愚直な提案、既に思い浮かんでいたのだが。というわけで提案の実行計画はこうだ。放課後に掴まえ、話す。以上。

彼は簡単に見つかった。

昇降口で隠れるでもなく誰かを待つように突っ立っていた。やぁと声をかけると普段とは違う顔つきで笑顔を返してきた。なんだろう、邪魔かな、私。嫌いなんだよね、そういう事務的な笑顔。

少しだけ時間はあるか尋ねれば無いという。話がしたいと提案するとダメだと断られた。あっさりと断られた。見るも見事な一刀両断。バッサリと斬って捨てられた。そうなんだよ、我が強いんだ、彼は。

気さくで優しい反面、一度こうだと決めたことには頑固だった。学内では最年長ともあり、私たちとは違うのだぞと一線引いてる節があった。きっとこれは考え方の根本から違うのだろう。その微妙な違いが浮いていたりする原因にもなり、独特のキャラクター性を持って不可侵の領域を築いていた。普段感じる話し掛けやすい雰囲気を取り違えて踏み込むと、けっこう本気で怒られる。

職場で経験はないだろうか。出勤前や退勤後はとても面倒見が良くて優しいのだが、仕事になると別人のように変わって厳しい人とか。許してくれるだろうと舐めて遅刻なんかした日には物凄い剣幕で怒られる。そういう部下を何度か目撃している。この時の私にはそのような経験はまだ浅かったが、アルバイト先でも似たようなことはあった。よく居るのだ、こういう大人は。もちろん遅刻はご法度だが、日常業務でさえ扱いづらくて仕方がない。

友人として接する分には良いが、彼とは仕事したくないなと感じた。彼から見ればまだまだ子供なのだろう、私は。ちょっと傷ついた。彼より歳上の先生に、こういうことはわからないだろう。

取り付く島もない彼に私は諦めて、休み時間を利用することにした。が、休み時間になると彼は居なくなる。そそくさと挙動不審な動きで立ち去るのを今まで見かけていた。そして予鈴ギリギリまで戻ってこないのだ。あとから知ったのだが、これには別口で噂があった。それは関係者各位に迷惑が掛かる可能性があるし、あくまで噂程度。不確かなものを記事に書くことは出来ない。だが今後起きる事柄の一部に事実として核心に迫る内容を書くことになる。少し考えるとわかる知れないが、察してもそのまま心に留めておいて欲しい。

貴重な給食の時間まで彼を探すのは嫌だった。AちゃんとNに相談して、今日も無理そうだと伝えた。我ながら情けないよ、まったく。 

本心 

ここは休日を利用するしかなかった。彼の為を思う行為になるのだろう。昇降口での一件があってから私は彼との距離を考えていた。正直、気が進まない。Aちゃんの為だからと自分を鼓舞して知人宅へ向かった。

期間が短くて練習が足りず、演奏会とはいかないが、セッションという形で楽器を演奏した。もちろん彼も来ている。そして知人が高校生時代の友人を招いていた。今日は泊まるという。その友人はバンドみたいだとはしゃぎ、喜んでいた。楽しんでもらえてよかった。来た甲斐があったというもの。

話すきっかけが一向に見つからない。日も更けてきた。本当に情けないな、おい。どうするんだ。全然タイミングが見つからなくて焦っていた。彼はお酒を飲んでから帰るといい、近くのコンビニに出掛けた。一人でお酒を飲んで楽しいのだろうか。まぁいい、その場に居る全員に飲み物を奢ってくれるというのだ。私はちょうどこの時期に二十歳を迎えていたが、車で来ているのでパス。そんな気分でもない。

知人はこの時まだ未成年だったと記憶している。これは千載一遇のチャンス。ものにしなくてはならない。

彼が帰ってくると既に500mlの酎ハイを一本開けていた。しきりに飲めと言ってくるが何度も車だと断った。知人が泊まっていけばいいという。こらこら、ややこしくするんじゃないよ。

知人の友人が私に「こいつ好きな人できたんですよ」と振ってきた。ナイスだ、友人。私とお友達になってくれないか。彼が興味深そうに聞いていたと思ったら、急にどういう子かと訪ね始めた。馴れ初めや好きになったところを問い正し始め、写真まで要求する始末。

「知人は酔っ払いが絡んでくる」と冗談交じりに言うが、あれは困っている時の顔だ。彼のお酒のペースは早い。早過ぎる。ぱっかぱっかとジュースを飲む勢いで開ける。なにか嫌なことでもあったのだろうか。ストレスが溜まっているとしたら厄介だぞこれは。

彼は顔を真っ赤にして私に訪ねた。好きな人は居るのかと。「居ない」と答えると彼は言った。「Aちゃんが気になっている」と。知人の友人が大袈裟に煽り、どこの誰だと訊いてきた。私のクラスメイトだ。そういうと時が止まった。

知人は真剣な顔をして耳を傾けており、友人は私の顔を見ている。彼の目は据わっていた。真剣だ。BGMとして掛けていた音楽だけが流れる。

私は意を決して言った。

それにはAちゃんも気づいていると。彼は嬉しそうな顔をした。二の句が告げない。彼は誰に言うでもなく、一人で語りだした。私は彼の話を聞きながら考えた。このまま彼に告白させて、本人の口から断りを入れたらいいのでは無いか。

嬉しそうに話す彼の横顔を見て、その日はもう何も言えなかった。あの時、困っていると伝えたらどうなっていたのだろうと今でも考える。

行動の変化

Aちゃんへの付き纏いが悪化した。

学校内でよく話しかけられるという。放課後、体育館を利用して運動をしていると彼も加わってくるという。断りきれないようだ。バトミントンをよく好むようだが、下手くそ過ぎて目が当てられないとNが言った。あれではAちゃんがストレスだと重ねてNが言った。放課後の様子を見る限り、どんぐりの背比べだ。私がそういうとAちゃんは笑った。

私は担当の先生が理系で放課後は理科室で簡単な実験をしていることを知り、それからはよく入り浸っていた。とても面倒見の良い先生で、実験内容は先生の趣味が多かった。不敵な笑みを浮かべて授業中には言えないことも教えてくれる。なにかと為になった部活動だったが、何部だったか覚えていない。部員は私を除いて四人居た。私は主に先生の着てる白衣を借りて偉そうにするのが日課だった。

Aちゃんと彼が放課後を一緒にすると当然だが学校を出る時も一緒になる。いつもはNの計らいで彼を撒けることもあったが、これでは逃げられない。Nは面白くなさそうだったが、Aちゃんはどこか吹っ切れた様子。

事情を話した時は二人ともやっぱりかという感じだった。予想外なのは彼の行動だ。こうも積極的に動き始めると言うに言えない状況となる。

ミッションは予定通り「告白待ち」へと移行した。

行為

Nが流行りのインフルエンザにやられ、学校を休んだ。

彼の行動は強引なほど積極的だが、実害はない。

Aちゃんはすっかり警戒を解いているようだった。私は彼の叶わぬ恋路を憂い、特に何もせずにいた。馬に蹴られたくはない。惚れた腫れたはそれこそ病気のようなものだ。刻が来れば時期終わる。

Aちゃんは彼の気持ちを知っている。時折見せる母性的な顔は私でもグッとくる。最近では柔和な笑みを浮かべ彼と話す。女子なれど、うちに秘めたるは女のそれ。Aちゃんからは色香さえ漂っていた。もしかして、と淡い期待。だとしたら私は狂喜乱舞して校内を逆立ちしながら駆け抜ける。

この恋が成立したらドラマだ。とても良い雰囲気が二人を包んでいた。あるかも知れない。夢が、あるのかも知れない。年の差がどうとか色々妄想が膨らみ、私は有頂天だった。

彼とAちゃんが上手くいくならそれは大団円。この学校という閉鎖された生活空間で何か事件があれば取り返しのつかないことになる。狭い世界において過ちを犯せばその後の亀裂修正は難しい。誰かと誰かが必ず不幸になる事案だ。

家に帰り、入浴も済ませた深夜。一通のメールが届いた。Aちゃんからだ。文面には電話がしたい旨が書かれていた。

最初は彼の何を考えているかわからない行動に恐怖した。好意を寄せられることさえ拒んだ。近頃はどうだ。彼はハッキリと行動する。そのアタックは本気度の表れだ。今までの恐怖から解き放たれ、普通に接すると私と同じ感覚になるはずだ。気さくで話し掛け易く、優しい人だという印象。あの行動は全て自分に対する好意の表れと考えた時、合点が行くだろう。

歳の差を考えれば近づくことさえ罪だ。きっと今まで沢山悩み、勇気を奮い立たせていたのだと。少し思っていたのとは違うけれど、彼なりの精一杯だったのだ。Aちゃんも心打たれる部分はあったと思う。間違いなく一人の友人として、先輩として接していた。

あなたのことが気になっていると直接言われた訳では無い。でも好意を知らずに毎日過ごすのと意識して過ごすのとでは大きく違う。誰にでも情はある。心動くことだってあるはずだ。最悪の状況からここまで持ってきた彼に尊敬の念すら覚える。ここでAちゃんの心を射止めたなら、人はそれを奇跡と呼ぶだろう。私もそれが見たくなっていた。

不器用で泥臭いヒューマンラブストーリー。燃えるじゃないか。身の回りで起きた物語として人生の一ページに刻んでやるつもりでいた。

現実は残酷だ。

彼はAちゃんの手を無理やり握ったという。手を繋いで歩くことを強要したと。駅までだからいいだろうと強引に。Aちゃんは恥ずかしさと悲しさで訳が分からなくなったと言った。明日から学校に行くのが怖くて、どうしたらいいのかわからないと。

Nが居ない今、私が何とかしなければならない。

本性

翌日、Aちゃんは学校を休んだ。

担任の先生に相談した。難しい問題だと言った。本人同士で話し合えないのなら、現時点ではどうしようもないと。事実関係を含め、私ではなく本人たちの証言が必要だと。学校側としては面倒な事に関して触れたくないようだった。それがよくわかった。

話した場所が職員室だったのもいけなかった。担任の先生の顔がいつもと違う。あれは大人の顔だ。事務的で、有無を言わせない顔。教頭先生の視線が気になるのか?そんなに怖い顔しないで欲しい。周りの先生が怪訝そうに見ているけど、あれらも傍観者でしかない。見えない圧力が空気に混じっている。

学校側はもう当てにならないなと思った。

困っていることを正直に伝える作戦を決行することにした。改めて先生の提案を受け入れ、場所を選ばずに迷惑かけたことを謝罪した。 放課後、彼の方からやってきた。クラスの入り口で中を見渡す彼に、Aちゃんは休みだと知らせた。彼は早々に立ち去ろうとするので呼び止めた。話があるというと素直に従った。

いつも校内の自販機でジュースを買うので立ち寄った。ここにしかないアップル味の紅茶が格別なのだ。彼はもう帰るらしくカバンを手にしている。昇降口に向かって歩きながら聞いた。「昨日、Aちゃんと何かあったのではないか」と。彼は「何もない」と言う。逆に質問された。「今日は休みだけど何か聞いていないか」と。その質問には答えなかった。

代わりに「Aちゃんが困っているから、少しだけ距離を置いて欲しい」とお願いした。

彼は眉を持ち上げると目を見開き、鬼の形相で怒鳴ってきた。Aはやっぱりお前に何か言ったのだなと。お前はAに何か言ったのかと。余計な告げ口をしたのではないのかと。自分はこんなだから面白がっているのではないかと。どうせ影口を言っているのだろうと。お前を試す為に気になっているとは言ったが、あれは嘘だったと。Aが自分に好意的だから、仲良くしてやっていたのだと。自分のせいにするなら勝手にしろと。お前らのせいでおしまいだと。

逆恨みだ。

怒鳴り声で先生が来た。彼は一目散に走り去り、昇降口へと消えた。まだ何も言っていないのだが。ペットボトルのアップルティーを開け、一口飲む。罵詈雑言を浴びせられた私に何かあったのかと声を掛けてきたので振り向いた。なんだ、彼の担任か。

「わかっているでしょう」とだけ応えた。

さっき職員室に居ただろ。白々しい。先生は空返事をすると何も言わず体育館へ向かった。部活の方が大事か。小走りに向かう背中に苛立ちを覚えた。

廊下、走るなよ。

私は気分が悪くなり今日はそのまま帰る事にした。だから嫌だったんだ。困っているなんて伝えたら彼は怒るに決まっている。あれ我の強さは度し難い。卒業後は進学を考えているみたいで、先生たちの前では模範的な生徒だ。実際にそう見えているのだろう。へこへこしている姿を何度も見かけている。受け答えも真面目で優等生そのものだ。

問題を抱える生徒より、彼の方がよっぽど扱いは楽だろう。先生たちもまさか彼がそういう行動をするとは考えてもいないのだろう。立会いの元で本人たちが話し合いをしたところで上手く丸め込まれそうだ。

彼は三年生で進学を控える。これまでは真面目にやってきた。この土壇場で大事な時期に起こす問題は先生も生徒もマイナスだ。その雰囲気をあの職員室で嫌というほど感じた。何かあった時、果たして肩を持つのはどちらか。

そこまで考えて辞めた。第三者として至極公平な立場であることを祈る。

呼び出し

教室に戻りながらAちゃんに三行程度のメールを出した。

電話が掛かってきたので出ると開口一番で心配してきた。事情を説明しながら帰り仕度を済ませ、駐車場へ向かう。一頻りに迷惑をかけたとの謝罪も終わり、来週は必ず登校することをAちゃんは強く強く宣言した。今日は金曜日。花金である。明日は学校も仕事もお休みだ。少し気分が回復した。

家まで僅かというところで着信があった。彼からだ。

車を止めて話を聞く。話し合いがしたいという。現在、家には帰らず、私の知人の家に居ると言った。出来る事ならAを連れてきて欲しいと言った。三人で話し合って事を済ませたいと言った。

来週はAちゃんが来る旨を伝え、放課後に学校で話そうと提案した。学校は先生が居るからダメだと言う。では家に帰ってから集まろうと言えば同じ事だと返される。あいや、その通り。続けて彼は「土日を挟むのが嫌だ」と言った。きっとこれが本音だろうな。私は電話を切り、再びAちゃんにメールをする。

ややあって、その後は二つ返事で快諾してくれた。

隣町まで時間が掛かる。私の地元からAちゃんの住む街までは近道するルートがあった。だがそこから知人宅まで行くとなれば倍以上掛かる。どれだけ急いでも確実に帰りは午前様だ。その点の話をメールで済ませておいた。

Aちゃんの家の近くにあるコンビニを待ち合わせ場所に指定した。到着を知らせるとすぐにやってきた。助手席に乗り込もうしたので、窓越しのジェスチャーで後部座席を勧めた。

この時間帯に未成年の女の子を連れ回すのは色々と厄介である。

信号待ちをしていると白黒の車が隣にピタリと着けてくるのだ。そして舐め回すように車を眺め、車内に視線を移す。運転手を見て、助手席に座る人間を目視したのち、後部座席まで執拗に目を凝らす。そうして信号が青になり発進すると同時に足踏みのチョン鳴りサイレンが響き渡る。ここで止められた日には今日中の話し合いどころではなくなるのだ。

後部座席に乗り込んだAちゃんは助手席に抱き寄り「ごめんね」と言う。

事前に買っていた飲み物を渡すと引っ込んだので車を発進させた。Aちゃんの母親が痛く感動していたことを伝えたきた。私が居るから心強いとも。先生と話し合っても無駄だっていうのは母親の口からも出たようだ。私が居てくれてよかったと何度も言った。Nは肝心な時に居ないんだもんなと軽口を叩く。電話口に感じたよりも元気そうでよかった。

目的地に近くに連れ、無言になっていく。緊張しているのだろう。話し合い、か。名目上の都合だろう。とどのつまり、見逃せということだろうな。

彼の真意

知人宅に到着して、出迎えてくれた知人に詫びを入れた。「夜分遅くに迷惑を掛けて申し訳ない」というと「気にしないでくれ」と肩を叩かれた。重ねて迷惑を掛けるが、Aちゃんを招き入れてくれるよう頼んだ。知人は全てを悟ったように、何もかも快く承諾してくれた。 

知人の部屋は二階だが、階段を上る前にリビングで言葉を交わす。話は彼から聞いていたようだが、事を察しているようにも見えた。知人は飲み物を冷蔵庫から取り出してお盆に乗せると、サムズアップのサイン。

さて、行こうかとAちゃんを見るとやっぱり不安げだった。その顔はよくない。よくないよAちゃん。グッときちゃうじゃない。頭をポンと叩くと下を向いた。視線を合わせようと私はしゃがむ。ぽきっと膝が鳴る。「歳かな」と言うとAちゃんは笑った。 

知人の部屋はとても広い。部屋の真ん中に置かれたテーブルの前でどっかりと座り込み、目まで据わっていた。あの目は本気だ。本気で逃げに来ている。

あんなに情けのない真顔は見たことがない。

知人が先に入り、テーブルに飲み物を置いた。部屋にはとても小さい音量で音楽が流れていた。花金にふさわしいダンスミュージックが遠慮がちに室内の静寂を取り払う。Aちゃんは私の背中に隠れている。

それを確認して再び彼の方へ視線を向けると、彼はおもむろに立ち上がった。

何をするのかと思えば壁際に置いてあるカバンの元へ歩み寄った。カバンの上に置いたジャケットを気怠げにどかすとレジ袋が顔を出した。まさかお酒、飲んでないよね。それを見た知人が「あっ」と声を出す。彼が手に持っているのは煙草だった。ここ、禁煙ですが。

楽器や機材のある場所で吸うのはダメ、絶対。というか、知人は喫煙者ではないのだからライターもなければ灰皿もない。彼は何も言わず部屋の外へ出て行った。私たちはそそくさと道を開けて見送る態勢。微かにアルコールの匂いがした。

出て行く時の背中の小ささといったらもう。 

Aちゃんと僕は隣り合わせで座り、彼の帰りを待つ。嫁入り前の娘を貰いに来た彼氏か私は。知人が後ろで吹き出した。

彼は意外と早く戻ってきた。漂ってきたタバコの残り香に半目となる。この臭い、気持ち悪くなっちゃうのだ。彼は座るとため息を一つ。そして口を開いた。

前置きとして「こんな時間に呼び出して悪かった」というもの。保護者に話はついているかどうかの確認と置かれた飲み物を飲めとのことだった。さも自分が提供したかのように言うが、これはまさか彼が?コップに入った液体を眺め、知人を見る。にっこりと笑顔だ。彼が買ってきたわけではないな。Aちゃんに飲み物を手渡すと両手で受け取り、そして俯いた。彼は仏頂面でそれを見ている。

私は自分がAちゃんに何かしたのではないかと改めて聞いた。彼は途端に口籠もり、まったく持って容量を得ない。ということは事実であると同義だと説き伏せる。

「彼はAから聞いたのか、Aが言ったのか」と頻りに確認する。Aちゃんは私を見たが、私はAちゃんを見ず、それを否定する。あなたがそのような振る舞いをしているからだと伝えた。納得して今度は彼が顔を伏せる番となる。具体的に何をしたのか自分の口から言えないかと私は彼に言う。

彼は黙秘権を行使した。

Aちゃんを見て、具体的な行為を聞いた。間違いがないか確認すると彼はだんまりを決め込む。私と目が合った知人は肩をすくってみせた。

Aちゃんへの謝罪を要求する。

彼はごにょごにょ喋るので言い訳をしているようだが聞こえない。悪戯をして叱られる砂利ボーイかこいつは。わざと聞こえるように大きなため息をついた。

要は行為は認めるが、悪気があった訳ではないのだ。

きっと彼はAちゃんに勘違いをしたと思っているのだろう。そういう恥ずかしさもあると感じてる。で、勘違いをさせる方も大概だと主張したいのだろう。行為だけに焦点を当てて非として認めてしまえば彼の言う「おしまい」となる訳だ。

彼の最大の勘違いはそこじゃない。事を一番大袈裟にしているのは彼だけということだ。

私はAちゃんが困っているので少し距離を置いて欲しいと懇願しただけだし、Aちゃんは来週から普通に登校することを約束していた。それでも彼はこの一件を捨て置けないと判断して私達を呼び出したのだ。渋々と承諾して来てみればなんだこれは。ままごと遊びに付き合ってる暇はないぞ。

男なら非を認めてサクッと謝り、相応の罰を受ければ良い。「二度と近づくな」と言っている訳じゃないのだ。Aちゃんと真摯に向き合って素直な気持ちで直談判すればきっと許してくれる。私が居るからAちゃんも居るが、特別に擁護するつもりはない。

湾曲した彼の考えで罵倒された件は水に流す。事ここに至っては部外者といってもいい。Aちゃんは自分も悪かったのではないかと最初に受けた電話でも話していた。これ以上は危害のないよう、予防線を張る為に赴いた私を突き飛ばしてめちゃくちゃにして逃げたのは彼だ。それを見たAちゃんが心配して駆け寄ってきたのだ。申し訳ないと、自分にも非があったと。

さっきから俯いているのは怖くて顔が見れないというだけではなく、そういった面を含めての反省の表れでもある。私から見れば、お母さんのような思い遣りや慈しみが生まれたのではないかと感じた。歳上の癖にあまりにも子供っぽい。

Aちゃんに促すと意を決したように口を開いた。知人は温かい目で応援するようにAちゃんを見ていた。さながら孫を見るお爺ちゃんである。

ここ最近の事で思っていたこと。前の自分が彼に抱いていた印象のこと。された事に関しては咎めるつもりはなくなったこと。これからどうしたいのかということ。もう一度「友だち」に戻りたいとハッキリ伝えた。

私も知人も拍手喝采したかったが、孫を見るお爺ちゃんで居る事にした。

彼は顔を上げ、立ち上がった。な、なんだ。行動が読めない。煙草か?煙草だった。彼は去り際、聞こえるか聞こえないかハッキリとしない声で「悪かったな」と謝罪をした。

ごっこ

ホッとしたAちゃんが私にもたれ掛かる。

知人もよく言ったと褒めていた。私は甥っ子の面倒を見たあとの気持ちになった。時刻を見るともう遅い。なるべく早く帰るに越した事はないが、いつ帰っても同じような時間帯だ。

Aちゃんはヘロヘロだった。知人がベッドを使って良いよと言った。ベッドに座り、足を伸ばし、そしてパタリと倒れ込んだ。少し休んでから帰ろう。知人もそう勧めた。

彼はやっぱりすぐ戻ってきた。

彼が戻るのを見届けてから、近くのコンビニに行ってくると知人に伝え、私は部屋を出た。階段を降りながら携帯を取り出しAちゃんにメールをする。「何か欲しいものはあるかい?」と。「甘いもの」と返ってきたので「ふとるよ」と返したら「ばか」と返事が来た。

コンビニでAちゃんがいつも教室でご褒美と称して食べている「甘いもの」を買う。それとは別に私も買い物を済ませる。眠気覚し用のドリンクとガムを買った。

「今日もお世話になります」とコンビニの前で一気飲みしてゴミ箱に突っ込む。運転しながら眠ってしまうことがよくあり、本日も例外ではない。無事に帰れるのか不安になってきた。「ひぃ、ふぅ、みぃ」と時間を数え、自分が片田舎で生まれた運命を呪った。

部屋に戻るとAちゃんはベッドで眠っていた。

彼はテーブルではなくAちゃんのベッドに肘を掛け、床に座っていた。随分と偉そうだ。睨むように見上げる彼をぼーっと見返した。私はすっかり嫌われたようだな。

知人が私を見て、手招きする。コンビニの袋から詫びの品を手渡す。「ありがとう」と受け取り、そして耳打ちした。

「Aちゃんが掛けている布団の中に手を入れていた」

彼の方をゆっくり振り返り、ギョッとする顔に視線が合った。黒だ。真っ黒じゃないか。彼がバッと立ち上がり「何か言ったのか」と知人に詰め寄ってきた。

知人の部屋は広い。彼はズカズカと歩んでくる。知人の前に立ち、かばう姿勢を取った。彼は私の方を見ない。興奮した顔で私越しに知人を見ていた。知人が言う。

「布団の中に手を入れていたよね?」と。対照的な冷めた声だ。彼は呼気を強め「だからどうした」と開き直った。

Aちゃんが起き上り、こちらを見ていた。

私に向かってコクリと頷く。私は彼にどうしてそのような事をしたと尋ねた。彼は「手を握って安心させたかった」と言った。「その必要はないだろう」と知人。仲直りの握手ってか。

Aちゃんはフルフルと頭を振った。

困り眉に泣きそうな目。強く閉じた唇で不安な面持ちだ。「もっと下だった」と主張する知人にAちゃんが俯く。

彼はもうどうしようもないくらい挙動不審で、気の毒に思った。

知人から詳しい状況を説明してもらった。

Aちゃんは壁側を向き、横になっていただけだ。知人が布団を掛けてあげるのを見て、彼が近寄ってきたところを警戒したという。その場を離れつつも、横目に監視をしていた。もぞもぞと布団の中に手を突っ込み、弄るようにして触ったという。

Aちゃんが「やめて」と声を上げたのを聞いて知人は諌めた。彼はどっかりとベッドに肘を置き、その後は知人と睨みを効かせてあっていたようだ。

途中途中で彼が捲し立てるように言い訳したが、もはや聞く耳さえ持てなかった。

「もうやめてくれないか?」と彼に言った。

「何をだ」と強い口調で返してきた。そういう事をするのはよくないことだと伝える。本意がどうあれ、それは相手の気持ちを尊重しない行為だ。先輩後輩という立場的に考えて本気で嫌がったり出来ないこともある。例え友達といえど、やってはいけないことも沢山ある。そこに対する配慮が足りない。自分の立場を弁えない行動には反省も見られない。もうあなたを信用することが難しい。

彼は怒鳴りながら私の胸元を掴んできた。

それを制する。こんな夜遅くに知人のお宅にお邪魔して只でさえ迷惑なのに、その上大きな声をあげるのは止してくれと。自分の主張が通らないと見るや暴力に訴えるのは愚かだと諭す。それでも曲げられないなら私も本気で対応しなければならなくなる。加えて、あなたには絶対に負けない自信があると強く言い放つ。

彼は良心の呵責の中で踠いていた。落ち着くよう説得する。胸元に掴みかかった時点で不法行為である。だけどそれは問題にしないことを約束した。それでようやく、彼は手を離した。

襟元を正しながら首を鳴らす。知人が心配そうに声を掛けてきたので、Aちゃんの方を見ながら「平気だ」と伝えた。それでも納得しそうにない彼。

私は困っていた。

思えば付き纏いから始まり、最悪の状況から一時は良い方向にまで進展した。ここまで来ただけでも彼は十分に良くやった。尊敬の念さえ覚える。だが、その先は恐らく叶わない。彼の行動心理が我々のそれとは違う。いつかまた、同じようにAちゃんを傷つけてしまうだろう。彼が反省して心を入れ替えない限り。そして今の彼を見てそれもまた難しいことだと悟った。彼は下を向いたままぶるぶる震えている。

私はAちゃんに向かって手を合わせた。

不思議そうな顔をして目をぱちくり。私が動いたのを感じて彼が顔を上げた。私は彼と向き直り、努めて真剣に、言い聞かせるように言葉を告げた。

「Aちゃんは私の恋人だ」

彼はピタリと動きを止めた。

「二度と近寄らないで欲しい」

信じられないものを見るような顔をした彼は肩を落とし、やがてどこか悟っていたかのように微笑した。

その顔を見て思わず顔をしかめた。

私は嘘をついた。残酷な嘘だ。冷静を装っていたが、どこかで興奮していたのかも知れない。腹を立て、苛立ち、むかつき、憎んだ。彼を思い切り傷つけてやると悪魔が囁いた。最悪だ。

正気の抜けた顔で彼は荷物を纏めると部屋を出て行った。知人は二言三言、彼と会話していたが見送りもせず、終始冷めた態度だった。最初こそ公平な立場であったが、失望したのだろう。

私はAちゃんの元へ行き、迷うことなく土下座した。

顔色を伺うとAちゃんは優しく微笑んでいた。即座にこうべを垂れる。するとAちゃんは私の頭を撫で、ありがとうと言った。

「恋人ごっこ」

これも思い浮かんだ案の一つだった。相手役はN。私ではない。

その後

土日のどちらに連絡を受けたかは覚えいない。担任の先生から私の家に直接電話が来た。帰りを心配した彼の母親が学校側に電話を掛け、割と大変なことになっていたようだ。無事に帰宅した彼は母親に告げ口をした。私が「家に帰らずほっつき歩いている」と。「クラスメイトの女子生徒を友人宅に連れ込み、深夜遅くまで遊んでいる。そのまま外泊するのではないか」と。

とんでもない言い掛かりをつけられた。

詳しくは覚えていないが、彼の母親は生徒たちの親の集まりの中でも何かしらの権力を持っていたように記憶している。そんな母親からの情報であった為、学校側は直ぐに調査を開始した。証言は全て事実だ。私が家に帰り着いていないことをまずは確認した。そしてAちゃんが在宅ではないことも学校側は知る。

その場で私の停学処分が決定された。

私は爆笑した。嘘をついたことに気を病む必要はない。これが私の罰だ。二週間の停学が文書によって通知された。

この処分に対してAちゃんの母親は激怒し、Aちゃんの友人の母親も賛同して学校側に申し立てを行ったようだ。だが覆ることはなかった。しかし、考慮された点が多々あることは担任の口から聞いて知っている。Aちゃんは学校を休み、自宅待機をしていなかった点を咎められたが、自宅謹慎だけで済みそうだというのをこれらの話と共に電話で話していた。

やがてAちゃんから全てを知ったNからメールと電話が鬼のように着た。やっとインフルエンザによる自宅待機が終わり、意気揚々と登校したら私たちが居なくて大変に落ち込み、力になれなかったことを悔い嘆いた。更に追加で数週間は会えない事実を知ると「学校を休む」と言いだしたので止めた。

Aちゃんの両親から贈り物があった。

「ご迷惑をお掛けしましたと」言うので「とんでもない」と頭を下げた。自宅謹慎になってしまったことを深く詫びると母親は停学にさせてしまったことを悔やみ、やがて怒りを露わにした。学校側と彼と彼の親に対する呪咀が口から溢れる。

これは地雷を踏んだかも知れない。

さて、彼の処分に関してだが、これはお咎めなしだった。決定的な証拠がないのだから、私たちがいくら訴えた所で意味がない。あれこれと策を巡らせても処罰の対象に追い込むのは難しかっただろう。Aちゃんに近づけない方向にして正解だったというわけだ。私が停学になったことは数日も経てば全校生徒の知るところとなり、その原因が何であったのかを生徒たちの間では周知の事実であった。

もっとスマートなやり方があると思う知れないし、このやり方は間違っていると言われるかも知れない。しかしこれが、あの頃の私の精一杯だったのだ。

よもやま話

Aちゃんはとっくに自宅謹慎が開け、私は自宅で羽を伸ばしていた。もちろん課題や反省文はしっかりこなしている。停学期間が明け、登校日がやってきた。

学校に着くと生徒指導部の副担任に招かれて職員室の隣にある個室へと入った。中では担任の先生が怖い顔で待っていた。凄みを出そうとしているのかも知れないが、普段の行いがアレなので滑稽に見える。副担任が室内の扉を少し開けて教頭先生を呼ぶと直ぐにやってきた。教頭先生に停学中のあれこれを聞かれたりしたが全て適当にあしらった。

本件に関して釈明の機会があった。

事が終わった後に改めて真実を話すことはないし、改めて言いたいことも特にない。処分に対して含むところは無いし、適切であると納得している。以上のことを述べ、私の弁明は終わった。

何がどう変わるわけでもないだろうに。非常に不利益で無駄な時間である。

教室に入るとAちゃんとNが駆け寄ってくる。

他のクラスメイトも帰還を歓喜してくれた。「お勤めご苦労様です」と。私はカタギだ。放課後には祝賀会が催され、他学年の生徒も交わると私は労われた。

冒頭でも書いたが、私は在学中に就職先が決まったので自主退学することになる。Aちゃんは四月までに転校することが決まっていた。Nは無事に進級すると、やがて生徒会長となり猿山の大将を謳歌したようだ。卒業まで在校していたのはNだけだった。

その時が来るまで、私たちは穏やかな学生生活を送った。

エピローグ

私は入学当初から写真を撮るのが好きで、いつも一眼レフを片手に駆け回っていた。

ある日、教室で自分の席に座り、スマフォで音楽を聞いているAちゃんを見かけた。私を確認するとイヤホンを外した。今日は両親が迎えに来るのを待っているそうだ。邪魔をするのも申し訳ないと思い、立ち去ることにしたが、呼び止められる。

Aちゃんは「もうすぐ来ると思う」と言い、スマフォをカバンにしまった。暇つぶしの相手が欲しいようだ。Nはアルバイトがあるので先に帰っていた。

窓の外を眺め、迎えを待つ。

よくもまぁ飽きずに毎日雪が降るものだ。たまには休んでもいいのにと愚痴た。

他愛もない会話をしていると校門に入ってくる車があった。あれかな。Aちゃんを見ると頷く。荷物を纏めるのを待って上着を差し出す。

勝ち誇ったような顔をして手を広げた。どこのお嬢様だ。

着せる為に近づくとバフっと抱き付かれた。Aちゃんは私の胸に顔を埋めるとボソッと言う。

「恋人ごっこはまだ継続中?」

残念だけど、当時の私には恋人が居た。「彼の前だけでなら」という理由で承諾を得ている。「それ以外で不埒なことをしたら怒る」と言われた。私を信頼してのことだ。裏切るわけにはいかない。

上目遣いに見上げるAちゃんに困った笑顔しか返せなかった。

Aちゃんは少し離れ、悪戯っぽく笑うとこぶしを作り、私の胸に軽く打ち込んだ。悪い子だ。その手を取って「ありがとう」と伝えた。

ぷいっと拗ねるように後ろを向いて腕を広げたAちゃんに、今度こそ上着を着せてあげたのだった。