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独身27歳の中卒ニートが人生に危機感を覚えながら書くブログ

トイレの水と一緒に試験も流れた

奴は突然やってきた。

中途採用で入社した人物が現れた。彼を「U」という。複数の話を跨ぎ登場する事が予想されるので呼称を与えるが、この話では「彼」で統一する。

身長と体格も合間って熊のような男だった。勤務態度は真面目で、何事も一生懸命に熟す。私は教育係に任命され、彼と共に過ごすことが多かった。次第にわかってくる彼の本性。

Uの本性

真面目な勤務態度は半月と持たなかった。慣れてくればダラけることも多く、文句も一人前だ。頻繁にミスを繰り返し、嘘も平気で吐く。周囲から心底ダメな奴だなと落胆されるまでそう長くは持たなかった。

資格試験の取得命令

会社からの命令で、とある資格の取得が求められた。それはとても簡単なものだが、難しい人にはとことん難しい内容だ。教科書とは別に予備知識を求められるので、そこを勘違いすると「分かるわけがないだろう」と投げてしまう可能性もある。

合格基準として内容が大まかに三つに分かれており、その全てで一定の点数を獲得する必要がある。コツを掴み要点を絞って勉強をすれば確実に合格出来るのだが、果たして。

教科書の入手

彼は初任給がまだなので教科書が買えないと上司に報告した。上司はそれもそうだと納得して、ポケットからマネーを取り出すと必要最低限の金額を貸し与えた。

彼はそれを受け取ると隣のコンビニでタバコに換えた。

二十本入りのパックを大事そうに抱えているところを運悪く私に目撃された。しかもカートン買い。私は呆れたが、上司には報告しないことにした。彼が見逃してくれと頭を下げるので「二度とこういうことはするな」と言い聞かせた。話が終わるとみるや彼はその場で相談を持ちかけてきた。「これでは教科書が買えない」と。

知ったことではない。が、結局は相応分の金銭を渡すこととなった。

ごまかしの達人

上司が彼を呼び出し、勉強の進捗状況を訪ねた。彼は余裕だと答え、上司は大変に喜びを表現した。そのまま勉強すれば必ず合格出来ると激励した。私は感心する。頭が良いのだな、羨ましい。

昼休みを共にしてオススメのランチスポットを案内した。お気に入りのお店で一緒にご飯を食べる。ここのチキン南蛮が別格なのだ。注文した品が出てくると彼はバクバクと食べ始めた。私は食事を始める前に挨拶をする。彼は真似して食べながら言った。行儀の悪い奴だ。

彼は食べ終えると姿勢を正した。改まって私に相談を持ちかけてきた。「お金がない」と言う。自慢じゃないが私だってお金が無い。食い逃げの誘いなら断ろう。

彼はため息を吐き、コップを手にした。お冷を注ぎながら「このままでは教科書が買えない」と言った。私は持ち上げた鶏肉を皿に落とした。先ほど上司と話していたあの内容、全て嘘だったのか。箸を置いて、お前は凄い奴だと肩を叩いた。

Uの学習能力は猿のそれだが猿に失礼だ

結論から言えば、彼にお金を渡してはいけない。それはタバコやお酒に変わる物としか認識していないのだ。あるいは銀色の玉を打ち出したりリールを回せるチケットか。追加でお金を貸して欲しいというので渡せば、次の日にはすっかり無くなっていた。

遂には「生活費なので」と別口で持っていたお金まで無くなったという。どこかで落としたのだろうか。彼に聞くと答えてはくれなかった。

教科書の提供と金策

私が使っていた教科書を貸すことにした。専門書と問題集も一緒に三冊だ。これならきっと失くすことはない。書物を渡すときに生活費を工面して欲しいと懇願された。他の記事でも書いているが、当時は自由に使えるお金は僅かだった。それでなくても彼に貸したお金で今月どころか来月末までの予算がオーバーしている。

私は方々に挨拶をして周り、どうか聞き入れて貰えないだろうかと頭を下げた。彼はアルバイトから借りることにしたようだが、のちに上司にバレて叱られた。最終的には上司が肩代わりすることになり「見っともない真似はやめなさい」と説教されていた。

Uの本当の学力

彼は専門学校を卒業したのち、プー太郎に昇格してから一年と少しでうちの職場へ来ている。学力的には高くない学校だが、最終学歴が中卒である私には何も言えることはない。教科書は専門用語の嵐で、彼はうんざりしていた。私もうんざりしていた。

難しいことは難しいまま覚えるの典型パターンは嫌いなのでなるべく詳しく教えることにしていた。そもそもなぜ私が教えているのかと言えば上司からの命令であった。合格させるよう尽力せよとのお達しだ。

彼は「これは一体どういうことか」と本筋には一切関係のない非常にくだらない部分へ執着を持つ。「これこれこういうことだ」と一応は答えるが彼はそれに対して「なぜそうであるのか」にどうも納得ができないようだ。

「これである意味がない」と主張する。その主張は最もだが、テストではペケだ。

言っては何だが、あまり頭の出来は良くないようだった。私がいくら分かり易いように説明したくても本筋に入らないのでは停滞する一方だ。当時勉強した内容を簡単に教え、確実に出るであろう項目をチェックしていく。予備知識が貯まった段階で問題集に取り掛かった方がいいと伝え、終わることにした。

解いてわからないことを教科書と専門書で補う形の方が飲み込みも早いだろう。教科書に書いてる単語の意味はインターネットで調べると出てくる。勉強は本人の意欲が大切だ。その上でどうしてもわからない点があれば聞けばいい。

彼は心底面白くないといった面持ちで教科書を睨みつけていた。

試験への申し込み

上司が「受験の申し込みは済ませたか」と彼に尋ねていた。当然だが終わってるわけがない。「わからないことがあれば何でも聞くように」と上司は言うが彼にわかることなんて何一つなかったのではないだろうか。これは一悶着ありそうだ。

彼は上司と必要な書類を確認し、申込書の受け取り場所が書かれた地図をコピーする。彼は休日に全て滞りなく終わらせることを約束した。

彼の休み明けに上司が再び尋ねる。彼はまだだと言った。それ、言わんことか。上司は期日があることを伝え、万が一にでも落とした場合は降格もあり得ると告げた。

資格の重要性

私はどうしても資格が取れず、最後にはアルバイトになってしまった人を知っている。正社員として相応しいのだが、資格が取れなくて採用されない人も知っている。そういう人たちは二桁落ちることはザラで試験への申し込み代金だってバカにならないはずだ。毎回申し込みはするのだが、ことごとく惨敗して帰ってくる。勉強不足が云々いうつもりはない。それ以前にやる気の問題ではないかと思っている。

彼は事の重大さを理解しているのだろうか。お金が無い以上、我々は働かなくてはならない。その働き口を失う可能性だってある。彼は車が大好きだという。その車を手放さなくてはならない日が来るかも知れない。私には最愛の家族が居る。守りたいのであれば本気を出すしかないだろう。

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彼は次の休日こそ行くことを約束したが、果たされなかった。

申し込みができない

上司は毎度、根気よく彼に言い聞かせている。心中お察ししたいところだが、あれも仕事の一環だ。もはや恒例行事となっている光景に変化が出たのは彼の休日が何度明けたころだろうか。お金が無くて申し込めないという。

聞くや否や上司はフラッとした。おっと危ない。大きな大きなため息をつき、上司はお尻のポケットから財布を取り出す。誰も聞いては居ないのだが、独り言のように帰りは奥さんに頼まれた買い出しをしなければならないことを教えてくれる。奥さんにお小遣いをもらって小言を言われるのは嫌だとボヤく。

小柄で猫背がちの小さな背中に負った現実を垣間見て、私は悲しくなる。パートのおばさまが「あらあらまぁまぁ」と慰めていた。

次の日、私は休日だった。

夜に電話が来た。彼からだ。「財布を紛失した」という。どういうことだ。聞くところによると、財布を盗まれたらしい。それは災難だった。今夜は食べるものがなにもないという。現在地を聞き出して、外食を共にする事にした。会うなり泣きつき「試験に申し込み出来ない」と取り乱した。

この事実は上司に言うことが出来ない。そんな残酷なこと、出来るわけがない。でももうちょっとだけ困っている顔を見て今後の糧とするか悩む。日頃の憂さ晴らしには御誂え向きか。彼は「馬鹿な事言ってないで何とかしてくれ」と必死だった。全く。

お金を渡すと彼は財布を取り出して納めた。おや、その財布には見覚えがあるぞ。彼は財布だけはさっき戻ってきたと言った。お金だけが無くなったと。つまり、いつもと同じという訳だな。

まぁいい今夜は私の奢りだ。ワンコインディナーを楽しもう。

受験票

受験の申し込みが完了したと声高に叫びながら出社してきた彼に、上司は何度も大きく頷いた。上司は込み上げるものがあったのだろう。目の端が輝いている。いくら何でもそれはまだ早い。だが、気持ちはわかる。たかが申し込みくらいでと思う事なかれ。本当に大変であった。ここに至るまで1ヶ月以上を要している。

数日後、上司が本社に報告するため、受験票の提出を求めた。彼は「そのようなものがあるのか」と心底驚いた顔であった。彼は会場でどこの席に座るのだろう。まさか自由席だと思っていたのだろうか。電車の座席じゃあるまい。合否の確認はどうするつもりか。

彼は「あるだろうか」と訝しげだったが、ないわけがないのだ。我々はそうやって報告をすることで合格した折には受験費用も支給される。ないわけがないのだ。

次の日の彼の言い分はこうだ。ポストを見たが見当たらないので家のどこかにあるはずだ。しかし家が汚いことと物が散らかっていることから少し前に掃除をしたという。これは何かに紛れて捨てた可能性すら出てくるな。

だが受験票は再発行が出来るそうなので安心して欲しい。そう伝えると明らかに嫌そうな顔をした。ねぇUさん、本当に申し込みしたんだよね?

試験日

当日、彼は休みを取った。上司としては忙しいため、中抜けで抑えたかったそうだが彼が必死に拒んだ。徹夜で勉強に集中して、受験を終えたら帰って眠りたいという。この試験に賭ける思いを雄弁に語った。迷惑を掛けて本当に申し訳ないと詫びた。さながら一種の劇を見ているかのような熱の入り方に有無を言わせない大仰な身振りだ。上司はあっさりと心打たれて承諾したのだった。

試験後にギャンブルに行かなければいいが。

上司は随分とそわそわしていた。彼は無事会場に辿り着けただろうかと頻りに気を揉んだ。要は「メールで確認しろ」という事だ。会場に着いたという旨を上司へ知らせるとやっと落ち着きを取り戻した。うちの職場は困った人が多いな。

事後報告

上司は椅子に座り、力なく項垂れていた。事務所のことは事務所の子に任せて、今日の私は外回りが担当だ。今決めた。

出先から戻ると上司は虚ろな目で遠くの方を見ていた。これはお疲れだな。缶コーヒーを机に置いた。あからさまにニヤケて嬉しそうだ。上司はこういうのに弱い。だがその燃料も直ぐに尽きる。いい加減どうしたのか聞くべきだろう。

事のあらまし

その日、彼は確かに試験会場に居た。複数階建てのビルである。試験を受けると決めてインターネットで会場を調べた時、ビルの所在地は覚えがあったので彼は高を括った。そこにさえ辿り着けば入り口で案内か何かあるだろうと。それからの確認は一切していないそうだ。因みに会場は四階が指定されていたと思うが、自信がない。低階層だったと記憶している。

試験会場

彼はビルに入り会場を探したと言う。各階ごとに住み分けがなされており、一階のエントランスに入っただけではどこに行けばよいかわからなかったと言った。各階を必死に探したと言う。エレベーターのボタンを全部押したのだと。

「開けて見るだけではわからない」と最上階で悟った彼は下へと降り始めた。次は各階のフロアに降り立っての確認だ。なんとか無事に見つけたが「試験会場が変更になっていた」と憤怒する。変更といっても階数が変わっただけであるが、彼にとってはそこが一番気に入らない点だと声を荒げる。事前に知らせるべきだと。恥ずかしい思いをしたと。

受験票の再発行

受験票を持ち合わせていない彼は会場を見つけると再発行の手続きを受けた。受験票は申請しないと費用の請求が出来ない。彼はどうしても見つからないが最後まで探すことを約束した。最悪の場合は仕方がないので諦めると言ったそうだ。結局見つからなかったのだな。受験票が手元に届いていたのなら、きっと変更を知らせる旨も届いたかも知れない。最もインターネットで調べて見ればわかることだったのだが。

腹痛

問題はここからだ。彼は受け付けで必要事項を記入してる際、お腹が酷く痛み始めたという。途中で記入を断念すると「お手洗いに向かった」と言った。上司はここまで聞き、頭が酷く痛み始めたという。

お手洗いの場所はそのフロアになく、聞けば一階層下だという。駆け降りたそうだ。それはそれは決死の思いで階段を飛ぶように駆け降りたそうだ。「これがその時の傷だ」と彼は上司に剥けた肘を提示した。事実らしい。

お腹の痛みに耐えかね、便座で叫んだという。それほどとは。落ちていた物を拾って食べたのだろう可哀相に。大波小波と押し寄せる痛みも次第に収まり終わりを迎えた。額の脂汗を拭い、彼はやっとの思いで個室から解放されたという。時計を確認すると試験の開始時刻が迫っている。彼は急いで会場に戻った。しかし係員によると受験票の発行は時間が掛かる為、今回は見送りになることが告げられた。

以上が事の真相。

彼はどうか水に流して欲しいと言った。上司はその水で流れたのは試験だろうと項垂れたわけだ。だが彼はそれだけではないと強く否定した。腹痛の原因もしっかり流れたと。彼はその後も何度か試験を受けたのだが、一度も合格することはなかった。

あとがき

本当にダメな奴なのだが、私は彼が好きだ。仕事上の付き合いだけではなく、彼とは友人関係になっていった。やがて「独立して会社を設立する」と宣言し、飛行機で遠方の地へと旅立つ彼を見送るまでこの関係は続いていく。

この後としては会社を20日間ほど無断欠勤して日本の果てから車を引っ張ってきて解雇され、危ない仕事を初めて次々と高級車を乗り回す辺りから転落が始まる。母親が逮捕されたり、ホームレスになったりと波乱万丈の人生が彼を待ち受けるのだ。

彼を見ていると、世の中にはこんなにもダメな人が居るのだと心から安心することが出来た。そしてそのようなことがないよう反面教師として、私は真っ直ぐに生きるのだとお天道様に誓えるのだ。もし人生に思い悩んでいる方が居たのなら、いくつかの彼の物語で活力を得て欲しい。